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お豊ちゃんの過去

「何言ってるの、お春ちゃん。お春ちゃんにかぶさってこられたら、わたしもあのコもつぶれてしまうわよ。」
まあばあちゃんは、嬉しそうにニコニコしながら言いました。
「アハハ。ほんまや。」
お春ちゃんも嬉しそうに笑いました。それから、ふっと真顔になって、
「そやけど、あれやな。」
「なあに?」
「お豊ちゃん、あのコがたたかれてんの初めて見たんと違うな。」
まあばあちゃんは悲しそうに目を伏せました。
お豊ちゃんは、あのコとおじいさんを見て明らかに顔色を失っていました。
「マコちゃん、お豊おばあちゃんになんとか助けられないかって相談されてたみたい。でもマコちゃんは留守がちだし、家がどこかもわからないし……」
トモちゃんが言いました。
「お豊ちゃん、じいさんを見てるだけで固まってたもんな。声もようかけへんやろ。」
まあばあちゃんは、小さくうなずきました。
「お豊ちゃん、暴力受けてたのかしら……?」
まあばあちゃんは、心配になって言いました。
「隣やったけど、知らんかったなぁ。そやけど、ようアザ作ってたわ。豊ちゃんはこけたんやって言うてたけど。今から考えたら、あんな何度もコケへんわな。パンダみたいな顔してる時もあったわ。自転車で顔からこけた言うてたわ。それに、連れ子が帰ってきたときは凄かったしな……」
お春ちゃんは、苦い顔をして言いました。


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まあばあちゃんの武勇伝

まあばあちゃんとお春ちゃんが、お豊ちゃんたちが乗った車を見送っていると、
「なぁ、まあちゃん。あれうちの車に似てると思えへん?」
お春ちゃんが、まあばあちゃんの肩をポンポンと軽くたたいて言いました。
「あら、ほんとお父さんとトモちゃんよ。」
まあばあちゃんは嬉しくなって手を振りました。ジロも思い切りしっぽを振っています。
「トモちゃーん!」
お春ちゃんも体中で手を振っています。
大変なことがあったので、お父さんとトモちゃんが迎えに来てくれたことが本当に嬉しかったのです。
「おばあちゃん、大丈夫?」
トモちゃんがまあばあちゃんに聞くと、
「大丈夫よ。」
と、まあばあちゃん。
「それがな」
お春ちゃんが何か言いかけたのをまあばあちゃんがキュッと手を握って止めました。
「マコちゃんが電話をくれたの。」
「そうかいな。」
「聞いたよ。おばあちゃんの武勇伝!」
「そやねんで。まあちゃん。すごかってん。そやけど、じいさんに杖で背中を思い切りたたかれてん。せやから、わたしもな……」
そこまで言って、お春ちゃんは黙ってしまいました。
「私は横でギャーギャー言うてただけや。今考えたら、まあちゃんの上に覆いかぶさらんとアカンかったのに……」
お春ちゃんはしょんぼりして言いました。


そのコとハッピーちゃん

「お豊ちゃん、いいの?」
まあばあちゃんがお豊ちゃんに聞くと、恥ずかしそうにニッコリ笑って、
「私がマコちゃんにお願いしたの。ハッピーも喜ぶと思うわ。まあちゃんちにはジロとミミでしょ。邦ちゃんところはチビちゃんとヒメちゃんでしょ。うちだけ独りぼっちだったもんね。ね、ハッピー。」
そのコは、まあばあちゃんたち様子を心配そうに見ていましたが、マコちゃんがおいでと言うと素直についていきました。
「そやけど、汚い犬やな。フワフワのハッピーとは全然合わへんな。」
ハッピーはシェルティでフワフワの毛並みです。お豊ちゃんが丁寧にお手入れしいるので触り心地もサラサラです。そのコは、もしかしたら、一度もお風呂に入ってないかもしれません。
マコちゃんが車庫から自動車を出してきました。ハッピーちゃんとそのコが並んで座っています。少し不安そうにしているそのコの鼻を、ハッピーちゃんがペロペロっと舐めました。すると、そのコは嬉しそうにハッピーちゃんにそばえていました。
「母さん、行きましょうか。」
マコちゃんがお豊ちゃんに言いました。
「まあちゃん、お春ちゃん、じゃあ、行ってきます。」
そう言って、お豊ちゃんは行きかけましたが、
「本当に、背中は大丈夫?」
「大丈夫よ。お春ちゃんも一緒だし。ボチボチ帰るから心配しないで。そのコのことよろしくお願いします。」
まあばあちゃんは丁寧に頭を下げて言いました。


ハッピーちゃんの弟

「さ、帰りましょう。体をきれいにして、ごはんもいっぱい食べてね。」
まあばあちゃんはそう言って、ボロボロになった首輪を外しました。
体のあちこちに傷があります。新しい傷、古い傷、毛の生えていない部分もありました。
今まで叩かれて叩かれて生きてきたんでしょうね。
まあばあちゃんは、たまらなくなってその犬を優しく抱きしめました。
「あの、まあちゃん、マコちゃんが、このコうちに来てもらおうって言うの。ハッピーの兄弟になってもらったらって……」
お豊ちゃんがそのコの頭をなでながら言いました。
まあばあちゃんがマコちゃんを見ると、
「ぜひ、そうさせて下さい。ジロにはミミちゃんがいるし、ハッピーも兄弟が出来たら嬉しいと思うんですよ。」
「いいんですか?」
「もちろんです。良かったなぁ。これでお前、さびしくないぞ。弟が出来たから。」
マコちゃんはそう言ってそのコとハッピーを大事そうに引き寄せました。
「これから動物病院に行ってきます。ひどい扱いを受けていたから診てもらった方がいいと思います。」
「有難うございます。」
まあばあちゃんはマコちゃんに、心からお礼を言いました。


仲よくね

「その犬をどないかせんと、わしは、今住んでるところ追い出されるんや。そないなったらどないしてくれるんや! あんたらにわしの苦しみなんか分らんわ! この年や。年金で生活してるもんに、高い家賃のところなんか入られへん。この犬がおる限りどないもならんのや! ほってもほっても帰ってくるし。あんたら簡単に言うけどな。わしの立場やったらどないもならんやろ!」
おじいさんは真っ赤な顔で泣きそうな顔で言っています。
「それだったら、このコは私が頂きます。その代り、道であっても知らん顔してくださいね。」
まあばあちゃんがしっかりとした口調で言いました。
「そら、願ったり叶ったりや。せいせいするわ。あんたこそ、やっぱりいらん言うて返しにこんといてや。わしの知らんこっちゃからな!」
そう言い捨てると、杖の扱いもぎこちなく、逃げるように去っていきました。
「ジロ、お兄ちゃんになってあげてね。」
まあばあちゃんが、ジロとそのコの頭を引き寄せて優しくなでました。
ミミちゃんもそばに寄ってきました。
「ミミちゃんも頼むわね。」
まあばあちゃんはミミちゃんの頭をやさしく撫でました。


帰ってくる犬

「この犬は、遠い所へ捨てに行っても、どないかして帰ってきよる。この前、保健所に連れて行ったら、わしの手から抜けてしもて先に家に帰っとる。どないしても帰ってきよるから腹が立って腹が立って……」
そのおじいさんは、体をブルブルと震わせて言いました。
「どうして、そこまでしてこのコを捨てようとするんですか? あなただけが頼りなんですよ。ひどい人ですね。」
まあばあちゃんは、おじいさんをにらんでさらに続けました。
「いい年をして無責任だとは思いませんか? 恥ずかしくないんですか?」
まあばあちゃんが痛む背中をかばいながら言いました。
「うるさい! うるさい! うるさい!」
おじいさんは、また狂ったように怒鳴りだしました。
さっきまで、おじいさんの手をなめていた犬もおびえた様子で、まあばあちゃんに寄り添いました。ジロがそのコを慰めるように耳をなめてあげています。


謝りだした おじいさん

「なにを大げさなこと言うとんねん! わしゃ、医者代なんか出さんぞ!」
おじいさんは顔を真っ赤にして言いました。
「じいさん、あんたなぁ! 謝るのが先やろ!」
お春ちゃんも顔を真っ赤にして怒りました。
「まあちゃん、大丈夫? お医者さんに行こ!」
おまわりさんに助け起こされたまあばあちゃんの肩にそっと寄り添って、お豊ちゃんは言いました。
「大丈夫。平気よ。それよりその人の心のほうが痛いはずよ。」
「まあちゃん、何言うてんの? こんなじいさん、かばうことあらへんで!」
お春ちゃんが驚いた様子で言いました。
さっきまでまあばあちゃんの胸の中で震えていた犬は、なだめるようにおじいさんの手をペロペロとなめていました。
「あれまあ、あの犬あんなひどい目にあわされたのに、あんたのこと慰めてるで。あんた、こんな優しいコを杖でたたいたりして、なんとも思わんのかいな。」
お春ちゃんは攻めるような目でおじいさんをにらみました。
「すみません。すみません。すみません。……」
おじいさんは、急にしょんぼりしたかと思うと、ブツブツと謝りだしました。


お巡りさんが来た

お春ちゃんもお豊ちゃんも、また叩かれるそう思って、目をつぶって身をすくませました。
「何すんねん! 返さんか!」
その声に、ハッと目を開けると、
マコちゃんがおじいさんから杖を取り上げていました。
いつの間にか人だかりが出来ていました。誰が呼んでくれたのか、お巡りさんも走ってきています。
「あ! お巡りさん! ええところに来てくれましたわ! この人、逮捕して! まあちゃんをその杖で思い切り叩いたんです。この目でしっかり見ました! 刑務所入れて!」
お豊ちゃんが、お巡りさんに縋りつくように言いました。
「そやで! 私もしっかり見たで! まあちゃんを杖でバシンバシン叩いたんや!」
お春ちゃんも興奮して言いました。
「何言うんや。くそばばあ! ワシは自分の犬叩いとったんや! このばあさんが勝手に出てきたんや。このばあさんが悪いんや!」
おじいさんは、まあばあちゃんを指さして言いました。
「何言うてんねん。あんたがこの犬叩きまくるから、まあちゃんがかばったんやろ! 犬にも心があるんやで! あんたの犬言うたかて殴ってええことなんかないわ! 見てみ、あんたのことおびえた目で見てるわ!」
「なにをぉ!」
おじいさんはお春ちゃんにこぶしを振り上げましたが、お巡りさんに押さえられました。
「お巡りさん、この人逮捕してくれるよね。こんな暴力じいさん、野放しにされたら危のうて道も歩かれへん。」
お春ちゃんがさらに大きな声で言いました。
お巡りさんが、ワンちゃんをかばったまま動かない、まあばあちゃんに声をかけました。
「お医者さんに行きましょうか? 背中は痛みますか?」
「はい。痛みます。」
まあばあちゃんははっきり答えました。


年老いた犬

年老いた犬は何とか立ち上がり、よろよろと歩きだしました。
フラフラするたびに、杖で小突いたり、たたくそぶりを見せます。そのたびに犬もお豊ちゃんもビクッと体を震わせました。
そして、まあばあちゃんたちの前を通り過ぎるころ、またおじいさんが犬をグイッと引っ張っりました。案の定、老犬はコケてしまいました。
おじいさんはイラ立ちを隠さず、また杖を振り上げました。
バシッ
「「まあちゃん!!」」
お春ちゃんとお豊ちゃんが同時に叫びました。
叩かれたのは犬に覆いかぶさるようにしている、まあばあちゃんでした。
年老いた犬は、驚いたようにまあばあちゃんを見つめていました。が、自分を守ってくれる人だと直感したのか、まあばあちゃんの胸の中に小さく収まりました。
「邪魔や! くそばばあ! どかんかぁ!」
おじいさんが、顔を真っ赤にして怒鳴りました。
お春ちゃんもお豊ちゃんもオロオロするばかりです。
ジロがおじいさんの前に立ちはだかりました。
「この! クソ犬が!」
おじいさんはジロに向かって、杖を振り上げました。


お豊ちゃんの視線の先

お豊ちゃんの笑いは止まりません。涙を流してヒーヒー言っています。
「お豊ちゃん、笑いすぎやで! ほんまにも!」
お春ちゃんも怒り出しました。すると、お豊ちゃんの笑いがピタリと止まりました。お春ちゃんは、びっくりして
「ほんまに怒ってるんちゃうで! どないしたんや?」
お春ちゃんは、あんまり突然に笑うのをやめたので驚いてお豊ちゃんに言いました。
「お豊ちゃん!」
お豊ちゃんは、ハッとすると、
「ごめんね。わたし、家に入るね。ごめんね。ごめんね。」
お豊ちゃんは。急に謝りだしました。
「急にどないしたんや。」
お春ちゃんとまばあちゃんは、お豊ちゃんの視線の先に気づきました。
杖を持ったおじいさんと年老いた犬が歩いています。おじいさんは杖を持っていますが、足が不自由というわけではないようでした。
犬は足が弱っているようで引きずられるようにして歩いています。おじいさんがいら立ったようにグイッと綱を引っ張ります。そのせいで年老いた犬は倒れてしまいました。
「こらあ!」
おじいさんが犬に怒鳴る声で、お豊ちゃんはビクッとなりました。
「しっかり歩かんかぁ!」
おじいさんは持っている杖を振り上げて犬に向かって思い切り振り下ろしました。バシッと鋭い音がここまで聞こえてきました。


かっこいいお春ちゃん

「それにしたって、お春ちゃん、あんた、ようそんな『白です』なんて言うたね。」
お豊ちゃんがあきれ返って言いました。
「そやかて、ハンサムな声やったんやわ。ポーッとなってしもて。」
それを聞いてお豊ちゃんは笑い出しました。
「アハハハ、ハンサムな声って……。お春ちゃん、大丈夫?」
「ほんまに、知性的なええこえやってん。」
「そんな知性的な人が、パンツの色なんかき聞かへんよ。あはは!」
お豊ちゃんは笑いが止まらないようです。
「そ、それは、そうなんやけど……」
お春ちゃんもバツが悪そうに頭を掻きました。
「お春ちゃんこの間、オレオレ詐欺を撃退したのに、どうしたのよ。」
「え?」
お春ちゃんはキョトンとしています。
「ほら、『母さん、オレ、事故起こして人ひいてしもて、ヤクザやってん。お金持ってきたら許したる』って……」
「ああ。あれかいな。」
「そうよ。ほんだら、お春ちゃんは『うち、娘しかいてませんねん。間違ってはると思います』って」
「あれなぁ……ほんまやな。」
「お春ちゃん、かっこいいと思ったのに……、もう、『白です』なんて……もう!」
お豊ちゃんは、おなかを抱えて笑いました。
「まあちゃんには怒られるし、お豊ちゃんには笑われるし、今日は朝からさんざんやわ。」お春ちゃんは、渋い顔で言いました。


お豊ちゃんも気を付けて

>その人が帰ってから、2時間ほどして、まあばあちゃんとお春ちゃんが訪ねてきました。
「お豊ちゃーん。来たで~!」
インターフォンを押しながらお春ちゃんを呼んでいます。
「いらっしゃい。」
お豊ちゃんが出迎えると、お春ちゃんは待ちきれない様子で話し始めました。
「お豊ちゃん、あんた気ぃ付けや! 今日なぁ、うちに変な電話がかかってきてん!」
「変な電話?」
「それがな、朝も早よから電話が鳴るから、トモちゃんが忘れもんでもしたんかいなと思って電話とったんや。」
お豊ちゃんが頷くと、
「ほんだら、男の人の声で『今日のパンツは何色ですか?』って聞くから,『白です』って答えたんや」
「え~! 答えたの?」
「そや。それよりも次や。おいくつですかって聞くから、八十……って言いかけたらプツット切ってしもたんや。あれは新手のチカンやな。まあちゃんに言うたらえらい怒られるし、ロクなことあらへん。お豊ちゃん、あんたも気ぃ付けや。」
お春ちゃんはため息をついて言いました。


パンと果物をどうぞ

その人はコーヒーカップを置くと、
「美味しかったです。ごちそうさまでした。」
そう言って、丁寧に頭を下げると立ち上がりました。
「あ、あのこれからお出かけですか?」
「はい。父のところへ行こうと思っています。」
「あの……、お父様はどちらに……」
お豊ちゃんは、自分でも根掘り葉掘り聞き過ぎて、嫌がられないかなと気にはなるのですが、つい聞いてしまいました。
「はい。和泉市にある介護老人施設です。自分では父の世話を出来ないので、そこでお世話になっています。」
「じゃあ、お父様、お寂しいでしょう……」
「そうは思いますが、……仕方ありません。私の状況もよく理解してくれているので……」
その人は寂し気に笑うと、会釈して、
「ごちそうになりました。では、失礼します。」
「あ、ちょっと、ちょっとだけ待って!」
お豊ちゃんはそう言うと、慌ててパンと果物を紙袋に入れて、その人に差し出しました。
「これお父様と、召し上がって。ね?」
「え、いや……」
その人が遠慮していると、お豊ちゃんは、その人の手に強引に持たせました。
「こんなにしていただいては……」
「いいのいいの。今度はお父様と一緒に遊びに来てくださいね。お待ちしています。」
お豊ちゃんは、にっこり笑って言いました。


その人の事情

「それは、ご心配でしょう。お父様も寂しい思いをしておられるのでは?」
「はい。でも、なかなか時間が取れなくて……」
「お父様のご病気は?」
お豊ちゃんは、思い切って聞いてみました。
「脳こうそくで体が不自由な上、心臓も悪いので無理ができないんです。」
「お母様は?」
「母は、自分が小学4年生の時に亡くなりました。その後は父と二人で……」
その人はそこまで言うと、辛そうに言葉を詰まらせました。
「ごめんなさいね。会ったばかりで立ち入ったことを聞いて、悪いことしたわ。」
お豊ちゃんは、心から謝りました。
「いえ。聞いていただいて心が軽くなりました。有り難うございます。」
「本当に、ごめんなさいね。」
お豊ちゃんは、もう一度謝りました。


お豊ちゃんの質問

「有難うございます。」
とその人はニコッと笑いました。
お豊ちゃんはその様子に気を取り直して、
「それで、ご結婚は?」
と聞きました。
「……いえ……」
「じゃあ、お付き合いしてる方はいらっしゃるの?」
「いえ」
「あら……」
お豊ちゃんは、目を輝かせましたが、
「今は、結婚のことは考えていません。」
さらっと、その人に言われてしまい、お豊ちゃんは次の言葉が言えなくなりました。
(カッコいいだけでなくて、人当たりもいいし、年寄りをうるさがったりしないし、優しく手助けしてくれる。そんな人が、どうしてかしら、周りがほっとかないだろうに……)
お豊ちゃんは、事情を聞きたいと思いましたが、あんまり聞いて嫌われてはと思い聞けませんでした。
「なにか、事情がおありなんですか?」
マコちゃんが言いました。その人は、また、あいまいに笑いました。
「初対面で差し出がましいとは思うのですか……、隣同士ですし、お力になれればと思うのですが……」
マコちゃんが改まった様子で言いました。
ハッピーちゃんがその人の膝に頭をのせるとクーンと言って、つぶらな瞳で見上げました。
その人はハッピーの頭をなでると、一呼吸おいてから
「病気の父を抱えていまして、なかなか普通の人のような生活は送れないんです。月曜日から金曜日までは会社で、土日は病院に行きます。ですから、時間もないんです。」


焼き立てのパンをどうぞ

「お母さん、どうしました?」
マコちゃんに声をかけられてハッとしました。
「ううん。朝だから、ボンヤリしちゃったのね。」
お豊ちゃんは照れ隠しに笑いました。お豊ちゃんがその人を見ると、
「美味しいです。」
嬉しそうに言いました。
マコちゃんのお友達も爽やかサンだけど、この人もとっても爽やかサンだわ。
ミミちゃんのお母さんのお家が更地になったとき、すごく寂しい思いをしましたが、こんなに人柄のいい人が来るなんて、出会いというものは、分からないものです。
「でしょう? コーヒーだけは自慢なんですよ。パンも焼き立てですから、美味しいですよ。」
マコちゃんがパンをすすめると、その人が、
「いつも会社に行くとき、コーヒーのいい香りと、美味しそうなパンの匂いがしていました。それをごちそうしていただけるなんて、今朝は幸せな日です。」
「お一人でお住まいなんですか?」
お豊ちゃんが尋ねました。
「はい。転勤で大阪に来ました。」
「そうですか。じゃ、ご実家はこちらじゃないのね。」
「あ、実家はこっちなんです。」
「あら」
「大学が東京で、就職も東京で決まったもので……」
「じゃあ、親御さんも喜んでいらっしゃるでしょう!」
その人は、お豊ちゃんの言葉にあいまいに笑いました。
お豊ちゃんは、言ってはいけないことを口にしたのかと心配になりました。すると、マコちゃんが
「あの、母はこの通り寂しがり屋で、私も出張が多い仕事ですので、話し相手になれないんですよ。良かったら隣のよしみで気軽に遊びに来てくださいね。」
と言ってくれました。


百日紅の家の思い出

「遠慮なくお邪魔します。」
その人はじゃれつくハッピーの頭をなでながら言いました。
実は、お豊ちゃんは、この人のことを知っていました。
なんと、お豊ちゃんのお隣の2階建てのオシャレなマンションの住人なのです。
今時、珍しく鼻筋の通った清潔感のある正統派のカッコいい人です。
近頃では、テレビでも見かけることが難しいタイプです。
だけど、お春ちゃんに言うことがなかなか出来ませんでした。
どうして話せないのかお豊ちゃん自身にもよく分からないのですが……

お隣のマンションは、ミミちゃんの前のお母さんがお住いのお家でした。マコちゃんの幼馴染の弁護士さんの生家でもありました。
百日紅の花が見事に咲く大きな家でした。
ミミちゃんのお母さんが入院することになり、まあばあちゃんがミミちゃんをお預かりすることに……
その後、ホスピスで亡くなられるまで、お手紙のやり取りを重ねました。
ミミちゃんの写真や様子を知らせるお手紙を度々送りました。ミミちゃんのお母さんからもお手紙が届きました。
最後のお手紙には、弱弱しい震える字で
『ミミをよろしく』と一言だけ……

お豊ちゃん達はそのお手紙を見て涙が止まりませんでした。

今は、マンションが建って駐車場があって、当時の面影はありません。


ハッピーちゃんが!

「え、いや……」
「ね!」
お豊ちゃんは必死でした。お春ちゃんに小言を言われたからではありません。
先生のために、なんとか引き止めたいと思ったのでした。
家の中から、コーヒーのいい匂いがしてきました。そして、玄関の扉が開くと同時にハッピーちゃんが飛び出してきました。
「あれ、お前……」
その人がハッピーちゃんに何か言いかける前に、飛びついてその人を倒してしまいました。
「まあ! すみません! こら! ハッピー! 何するの!」
お豊ちゃんがハッピーちゃんを離そうとしますが、ハッピーちゃんはクルクルしたりペロペロして離れません。
「あ、大丈夫です大丈夫です。」
と言って、その人は座ったまま、ハッピーちゃんの好きにさせていました。
その様子をマコちゃんとお豊ちゃんは微笑ましく見ていました。
「あの、コーヒーを入れたところなんです。ご一緒にいかがですか?」
マコちゃんがその人に声を掛けました。
「いえいえ、お邪魔ですから……」
とその人が言うと、ハッピーがまた顔をペロペロっとなめました。
「ハッピーも、一緒にと言ってますから。……な?」
ハッピーちゃんはピョンとその人から離れると、チラッとその人を見て、玄関の扉の前に座りました。
「じゃあ、厚かましいですが……」
その人も、パッと立ち上がりました。


美味しいコーヒー

その人が、池に来なくなってから数日経ちました、
お豊ちゃんは家の前を掃きながらため息をついています。お春ちゃんが、
「ほら見てみ、年寄りが声いっぱいかけるから、びっくりして来はれへんねん。」
とブリブリ言います。
「あんなあっさりした感じの人が、そんなこと思うかしら?」
と、お豊ちゃんは独り言を言いました。
毎日、小言を言うのでお豊ちゃんも、ハッピーちゃんとの散歩コースを変えようかと思いました。
「お早うございます。」
聞き覚えのある心地の良い低い声でした。
「あら! お早うございます。」
思わず、“池を走るのやめたんですか?”“最近お見掛けしませんね”と聞きそうになりましたが、グッとこらえて、
「今日は、もう走ってこられたんですか?」
と聞きました。
「はい。大泉緑地がいいと聞いて行ってきました。いいところですね。」
「あそこは、広いでしょう? 大変じゃない?」
その人が軽く言うのでお豊ちゃんは、ビックリしました。
「コースがあるので、走りやすいですよ。」
「お友達と一緒に走ってるの?」
「いえ、ここには4月に越してきたばかりで知り合いはいないんです。でも、親切にしていただいて有難いです。」
「今日はこれからお出かけですか?」
服装を見ると、ポロシャツにジーンズとラフな感じです。
「おいしいコーヒーを飲める喫茶店を探そうと思って駅前に……」
その人が軽く会釈したので、お豊ちゃんは慌てて、
「今から私も朝ごはんなの! おいしいコーヒーならどこにも負けないわ。一緒にいただきましょう!」
と言いました。


次の日から……

しばらく、その人と先生は挨拶をするだけでした。
ジロとハッピーちゃんが、その人に嬉しそうにジャレつきます。その人も嬉しそうにジロとハッピーちゃんと遊んでから、また走り出します。
ジロとハッピーちゃんのリードを持っているのは先生です。
二人の様子をお春ちゃんは難しそうな表情で見ています。
「お春ちゃん、そんなに気合いを入れなくても、先生たちはきっといい方向に向かうと思うわ。私たちは温かく見守りましょう。ね。」
まあばあちゃんがそう言うと、お豊ちゃんも
「そうよ。お春ちゃん。」
すると、お春ちゃんはあきれ顔で
「なにを悠長なことを……、ええ人はみんな狙ってんねんから。まあちゃんみたいなこと言うてたら取られてしまうがな。」
そう言われて、お豊ちゃんとまあばあちゃんはションボリてしまいました。
次の日から、その人は来なくなりました。


お春ちゃんはご立腹

「あ……、あれは。」
お春ちゃんが、池の入口の方を見て言いました。
お豊ちゃんと吉川さんです。
手を振ってこちらに近づいてきます。
「あ~、も~! 今日はこっちに来んといてって言うてたのに!」
お春ちゃんはプイッとして手を振り返そうともしません。
「お春ちゃ~ん! まあちゃ~ん!」
吉川さんがお春ちゃんの様子に気づかないのか嬉しそうに呼んでいます。
「朝も早よから大きな声出して!」
お春ちゃんは、プンプンしています。
「お春ちゃん、例の格好のエエ人、こっちに来たんちゃうん?」
吉川さんが言うと、お春ちゃんは、
「……来たよ」
「あのね! お早うございますって声かけたら、ニコッと笑ってお早うございますって言うてくれはったわ!」
「それから?」
嬉しそうに言う吉川さんに対して、お春ちゃんは怖い顔のままです。
「え?」
「ほかにもなんか言うてるやろ?」
「え? ううん……なんも……」
「ほんまに?」
「ただ、毎日ご精が出ますねって言うただけよ。」
「もう! それがアカンねん! もう、せやから公園の隅に引っ込んでくれてたら良かったのに! 昨日言うたやろ!」
お春ちゃんの剣幕に、二人はションボリしてしまいました。


幸せの予感

その人は、先生親子の横を通る時立ち止まって何か声をかけていました。
お春ちゃんは心配そうにジーッと見つめています。
「なあ、まあちゃん、何を話してるんやろ……」
お春ちゃんは気になって仕方ない様子です。
「あ、行ってしもた。」
その人は、ふたこと、みこと話して、また走り出しました。
お春ちゃんは、慌てて先生の所へ歩いていきました。
「なんぞ言うてはりましたか? さっきのお方。」
お春ちゃんが聞くと先生のお母さんはうれしそうな顔で答えました。
「体、大丈夫ですかって……。もし、助けがいるときはいつでも声をかけてくださいって、おっしゃってくださいました。」
先生も嬉しそうです。幸せそうに笑う先生の頬がほんのり赤いのは気のせいでしょうか?
まあばあちゃんは、幸せの予感を感じます。
「ジロは、賢い言うて、ほめてもろたな。」
お春ちゃんが、先生に言いました。
先生は幸せそうに笑うと、かがみこんでジロの頭を撫でました。


次の日の朝

次の日の朝、まあばあちゃんたちは、お豊ちゃんと吉川さんが欠席したメンバーで歩いています。
「いつものお二人は?」
先生のお父さんが心配そうに尋ねました。
「今日は、ちょっと用事があるらしいですわ。」
お春ちゃんはそつなく答えました。
池を一周回ったころ、昨日のあの人が軽やかに走ってきました。
「お早うございます。お体大丈夫ですか?」
「はい! 有難うございます!」
お春ちゃんが大きな声でにっこり笑って答えました。
だいぶん先を歩いていた先生たちが、お春ちゃんの声に振り向きました。
ジロがその人の膝を鼻でツンツンとしました。
「毎日、散歩してえらいな。」
と言うと、ジロの頭をわしわしと撫でました。
「他のお二人は?」
その人が聞くと、お春ちゃんが、
「ああ、あの二人は、今日は腰が痛い言うて欠席ですわ。あきまへんなぁ。根性がのうて。」
その人はあいまいに笑って頭を下げると、また走り出しました。
お春ちゃんはその後姿をじっと見つめながら、まあばあちゃんの手をギュッと握りしめました。


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堺の町のまあばあちゃん

Author:堺の町のまあばあちゃん
堺の町に住む、ひとりのおばあちゃんのお話です。
住み慣れた町の人々との交流や孫のトモちゃんや犬のジロとの生活を通して力強く生きていく姿を物語に書きたいと思います。 
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