お茶しましょ


オッチャンは乗用車で下村さんのお宅に向かいました。まあばあちゃん達はオッチャンを見送った後、ひろ子ちゃんを囲んでお茶をすることにしました。
邦ちゃんは、家にあるありったけのお菓子をテーブルに並べました。
「チビちゃん、どうしたの? 今日はおとなしいわね。」
と、邦ちゃんが、不思議そうに言いました。
「あら、ミミちゃんもだわ。どうしたのかしら。ジロはいつもおとなしいんだけど……。」
ひろ子ちゃんと一緒に来た茶色い犬は、ひろ子ちゃんの足元でスヤスヤ寝ています。ひろ子ちゃんは足をブラブラさせていて、そのたび茶色い犬に当たるのですが、それが安心するのか、ひろ子ちゃんの足が触れるたびにオッポをゆっくり振ります。
「おいしい! おばあちゃん、美味しいね!」
ひろ子ちゃんが嬉しそうに、邦ちゃの焼いたレモンケーキを口いっぱいに頬張って言いました。
「美味しいね。」
まあばあちゃんがニッコリ笑ってお返事しました。
ミミちゃんとチビちゃんが立ち上がってケーキが欲しいとおねだりします。ひろ子ちゃんが、小さく切ったケーキを手のひらに乗せて、二匹にあげました。
「うふふふ。」
ひろ子ちゃんは、幸せそうに笑いました。そんなひろ子ちゃんを見て、邦ちゃんはこっそり涙を押えました。
「ごめんくださーい!」
トモちゃんです。
「トモちゃんだわ。学校から戻って来たのね。……はーい!」
ジロとミミちゃんとチビちゃんは競うようにダダダっと走って行ってしまいました。
まあばあちゃんは、一度座ってしまうと、すぐには立つことが出来ません。邦ちゃんが心配そうに手を添えました。
まあばあちゃんがイスから立つと、ひろ子ちゃんがすぐにまあばあちゃんの手を握ってきました。
「おかえりなさい。トモちゃん。」
まあばあちゃんが、言うと、
「ただいま~!」
3匹の大歓迎を受けて大変そうなトモちゃんが、元気よく返事しました。

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恭子ちゃんに電話


まあばあちゃんはオッチャンの優しい心遣いに胸が熱くなりました。
でも、あんな幼い子に暴力をふるうような人の元にオッチャン一人で行かせるわけにはいきません。かと言って、まあばあちゃんが一緒に行っても、力になれるとも思えません。オッチャンの言うように待ってる方がマシでしょう。
まあばあちゃんは電話を巾着から取り出しました。
ワンちゃんのシールを貼ってあるボタンを押してから、お花のシールのボタンを押しました。
このシールは、トモちゃんが機械の操作に弱いまあばあちゃんのために貼り付けてくれたものです。
呼び出し音の後、
「お母ちゃん、どうしたの!?」
まあばあちゃんは、滅多の事では電話なんて掛けないので、恭子ちゃんは心配しているようでした。
「あのね。恭子ちゃん……」
まあばあちゃんは、恭子ちゃんに、ひろ子ちゃんの事を話しました。富田林から一人でまあばあちゃんに会いに来てくれたこと、服装の事、アザの事。邦ちゃんがお風呂に入れてくれたこと。オッチャンが今から富田林に行く事……。
『いいんじゃない。お母ちゃん。その子引き取ってあげれば……。ちょっと、待っててね。』
まあばあちゃんは、一番言いたくて言い出せなかったことを恭子ちゃんは、すぐに分かってくれました。そして、賛成しくれました。
まあばあちゃんは、涙がこぼれました。
『お父さんもいいって言ってるよ。それから本田さんと一緒に行ってもいいって。』
「まあ、本当! いいの? 本当にお父さん、富田林に一緒に行ってくれるの?」
『うん!』
側にいたオッチャンが、まあばちゃんの言葉を聞いて、
「ばあちゃん、男が二人も言ったら、向こうのオバハン、びっくりするがな。恭子ちゃんに言うといて、わし、一人で充分やて。」
おっちゃんは、ニッコリ笑うと胸をたたいて言いました。

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アザ


「ひろ子ちゃん、おばあちゃんは、今から、ちょっと出かけてきますからね。お利口さんにして待っててね。」
奥から邦ちゃんブラシを持って、まあばあちゃん達の所に来ました。
「ひろ子ちゃん、髪をとかしましょうね。」
と言って、邦ちゃんは、ひろ子ちゃんの髪に優しく指を差し入れました。
「邦ちゃん……。」
「はい。」
まあばあちゃんは、深く頭を下げると、
「ごめんなさいね。もう少しだけ、ひろ子ちゃんをお願いします。」
「まあおばちゃん、何してるんですか、止めてください。」
「わたし、ちょっと、用事を思い出したから……。昼過ぎには戻ると思うから……。」
「まあおばちゃん……。」
「ばあちゃん、今から富田林に行く気やろ? それは、わしに任しとき。悪いようにはせえへんから。こういう話は、男が行った方が、うまくいく場合が多いんやで。」
オッチャンにそう言われて、まあばあちゃんも頷きました。あの女の人にもう一度会ってみても、取り合ってもらえるか……。それどころか、会ってももらえないかもしれないと思いました。でも、せめて話を聞きたいと思い、
「私も、一緒に……」
まあばあちゃんが言うと、オッチャンは、
「なにも、大の大人が二人も行くことない。ワシ一人で十分や。任しといて。」
「でも……。」
ふと気づくと、邦ちゃんとひろ子ちゃんはその場を離れていました。邦ちゃんが、ひろ子ちゃんには聞かせないほうがいいと、機転を聞かしてくれたのでしょう。
「さっき、邦ちゃんに聞いたんやけど、ひろちゃん、体のあちこち殴られてたようや。アザだらけやったらしい。せやから、まず、民生委員の下村はんに相談してから、警察に行って、ほんでから、ひろちゃんを辛い目にあわせた富田林のおばはん所に行って話してくるわ。せやから、ばあちゃんはひろちゃんと一緒におってくれへんか。」
オッチャンは、あちこちに話をしに行くので、これ以上は、まあばあちゃんが疲れてしまうと心配したのでしょう。
今のまあばあちゃん頭の中はひろ子ちゃんの事で、自分で気付いていませんが、朝から早足で一生懸命歩いていたせいか、気はせいているのに玄関先で座ったまま立てずにいました。
傍から見ていると、体を休ませた方がいいのは明らかでした。

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遠いところとは……


「ばあちゃん、ありがとな。ひろちゃんトコに行ったって。今、風呂に入ってるさかい。」
オッチャンは、まあばあちゃんからひろちゃんの服を受け取ると、そう言って、奥に入って行きました。
「邦ちゃん、ひろちゃんの服、ここにおいとくで~。」
オッチャンの大きな声が向こうから聞こえてきました。
まあばあちゃんは、急いできたので疲れてしまい、上り口で座り込んでしまいました。ジロとミミちゃんはまあばあちゃんの足元でお座りしました。
「二人とも、もうちょっと待っててね。」
まあばあちゃんが、ジロとミミちゃんの頭を撫でていると、
また、声が聞こえてきました。
「ほうら、キレイになったわよ。」
「おっ、べっぴんさんになったわ。よう似合ってるで! ばあちゃんに見せてきたり!」
そして、パタパタパタと廊下を走る音が聞こえてきました。
「おばあちゃん!」
くま柄のトレーナーにピンクのジーパンを着たひろ子ちゃんが、走ってきました。
「おばあちゃん、ありがとう! 見て見て!」
ひろ子ちゃんは嬉しそうに、まあばあちゃんの前でクルクルとスキップしながら踊ります。
「とっても、似合ってるわ。ひろ子ちゃん、良かった。」
まあばあちゃんの言葉を聞いて、ひろ子ちゃんが、まあばあちゃんの胸に飛び込んできました。
「おばあちゃん、大好き!」
ひろ子ちゃんは、まあばあちゃんに笑いかけていましたが、その目は不安げに揺れていました。これからどうなるのか心配なのでしょう。
「ひろ子ちゃん、遠いところに行くって言ってたけど、お母さんと一緒なの?」
「ううん。ひろ子、一人で行くの。そこには私みたいな子がたくさんいるんだって。おばさんが言ってた。」
「ひろ子ちゃんみたいな子って……。」
まあばあちゃんは、言葉に詰まりました。
「ひろ子のお母さんみたいに、男の人とどっかに行って、ほられた子ばっかりがいるんやって。」
まあばあちゃんは絶句しました。
(こんな小さな子になんて事を……!)
「何を言うんや。そのおばはんは! こんな年端もいかん小さい子に!」
いつの間にか側に来ていたオッチャンが、カンカンになって怒っていました。

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泣き声


まあばあちゃんの声を聞いて、近所の人が集まってきました。
そして、ひろ子ちゃんの家の様子を教えてくださいました。
ひろ子ちゃんのおばさんは、全くと言っていいほど、近所の人と付き合いがなく、会話をせず、詳しい事情は分からない事。それを聞いて、まあばちゃんは、さらに不安になりました。すると、
「そんなに思いつめた顔しないでください。市の人に相談してますし、私たちも気を付けてますから。」
と、言ってくださいました。
まあばあちゃんは、ひろ子ちゃんのために買った可愛い服は、渡すことが出来ませんでした。
あれから、何度か、ひろ子ちゃんの家を訪ねて行きましたが、再びひろ子ちゃんの姿を見ることは出来ませんでした。
あれから、ひろ子ちゃんの扉越しの泣き声が耳から離れませんでした。

ひろ子ちゃんの服を用意しながら、まあばあちゃんは、ひろ子ちゃんの顔をまた見ることが出来て、嬉しくて涙がじんわりしてきました。
富田林からここまでの遠い道のりを、ひろ子ちゃんはまあばあちゃんに会いにやってきてくれたのです。
ふと、まあばあちゃんの手が止まりました。
(遠くに行くってどういう意味?)
お母さんが迎えに来るということではなさそうに思えました。
ジロとミミちゃんが心配そうにまあばあちゃんを見つめています。
まあばあちゃんは、ジロとミミちゃんに微笑みかけると、
「さあ、ひろ子ちゃんの所に行きましょうか。」
と、言って立ち上がりました。

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開かない扉


まあばあちゃんは、一人で来たものの、自分だけでひろ子ちゃんのお家を見つけれらるか心配でしたが、案外すぐに見つかりました。
「……ひろ子ちゃん?」
ひろ子ちゃんは、商店街の裏道にある。小さなお家の前で膝を抱えて座っていました。
「ひろ子ちゃん!」
「あっ、おばあちゃん!」
ひろ子ちゃんはまあばあちゃんを見つけると走ってきました。
「おばあちゃん! おばあちゃん!」
と、泣きじゃくりながら、まあばあちゃんの腰に手をまわして離れようとしませんでした。
ひろ子ちゃんが、玄関先でつくもっていた家の中から、女の人が出てきました。ひろ子ちゃんの大きな声を聞いて出来たのでしょう。
「ひろ子、何してるの! 家の中に入っとき!」
と、ひろ子ちゃんに言うと、まあばあちゃんをにらみつけて、
「あんた、だれ?」
と、言いました。
まあばあちゃんは、深く頭を下げてから、ひろ子ちゃんが前に住んでいた堺の町で、親しくなったこと。ひろ子ちゃんに会いたくなって訪ねてきたことを伝えました。
女の人は、不満そうな顔つきを変えることなく聞いていました。
「ふうん。それで?」
と、言ったので、
「ひろ子ちゃんと、少しでいいですから、お話ししてもいいですか? 久しぶりに会うので……。それから、これ、つまらないものですが……」
と、まあばあちゃんは、風月堂の包みを女の人に渡そうとしました。女の人は、まあばあちゃんの手からひったくるようにとると、バタンと扉を閉めてしまいました。
その後、女の人がきつく叱る声と、ひろ子ちゃんのワーンワーンと泣く大きな声が聞こえてきたのです。
まあばあちゃんはいたたまれずず、インターホンを何度も押しました。
「すみません! 私が悪いなら、謝りますからお話しさせてください!」
大きな声でまあばあちゃんは、何度も何度も呼びかけました。

―――だけど、再び、扉が開くことはありませんでした。

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杖とまあばあちゃん


オッチャンは、シルバーカーの方が大きく見えるようなまあばあちゃんの丸まった背中を見つめていました。オッチャンは、まあばあちゃんが大好きです。いつも笑顔で町の人と話している姿も。みんなの事を心配している姿も。お節介のようなお節介でないような……そんなところも。
(ばあちゃん、ひろちゃんの事、誰よりも心配してるんやろうなぁ。ワシが一人身の時も心配ばっかりしとったなぁ。飯食ったかと、風呂入ったか言うて……。いつも自分の息子のように心配してくれとったなあ。今は邦ちゃんがそばにいてくれる。それも、ばあちゃんのおかげや。)
オッチャンは、一生懸命にシルバーカーを押して遠ざかって行くまあばあちゃんの背中を見つめて、そう思いました。


(ひろ子ちゃんのお洋服が役立つときがくるなんて……)
まあばあちゃんの心に、去年の秋のあの日の出来事が浮かんできました。
ひろ子ちゃんの事が気になって、いたたまれず、杖を頼りにひろ子ちゃんのハガキにあった住所を訪ねて行きました。
(あれは……、そう、秋分の日だったかしら……。恭子ちゃんとお父さんはお仕事で早くに出かけていてって。トモちゃんも学校の行事があるとかで……)
まあばあちゃんは、前の日にひろ子ちゃんのために可愛いお洋服を買って、そして、ご家族の方にと、菓子折りを買っておきました。
シルバーカーのないまあばあちゃんは大変でしたけど、はがきの一面めいっぱいに、
―――会いたい、会いたい―――
と、チューリップや可愛いお花と一緒に書いてあったひろ子ちゃんの事が、気になって仕方がなかったのです。
一目だけでもと、そう思って……
まあばあちゃんは、あの日、ジロとミミちゃんにお留守番を頼んで、富田林へと出かけて行ったのです。

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ひろ子ちゃんのお洋服


「よいしょ。よいしょ。」
まあばあちゃんは一生懸命にシルバーカーを押して、オッチャンの家につきました。
「なんや、ばあちゃん、疲れとるやんか。ワシ、車で迎えに行ったらよかったなあ。」
まあばあちゃんが、ハアハアと息を切らせてシルバーカーにもたれているので、オッチャンはすまなそうに言いました。
「そんなにして来んでも、ゆっくり来たら良かったのに……。」
「でも、気になって。邦ちゃん、驚いてなかった?」
「全然、今、フロ沸かして入れるつもりやで、ひろちゃんも犬も真っ黒やもんな。」
「そう……」
まあばあちゃんは邦ちゃんの優しさに声を詰まらせました。言葉を続けようにも声が出ません。
「どないしたんや。ばあちゃん。」
「邦ちゃんの優しさが嬉しくて……」
「なんや。大げさやな。ばあちゃんもひろちゃんをフロに入れる言うてたやないか。」
屈託なく笑って言うオッチャンに、まあばあちゃんの心は幸せな気持ちでいっぱいになりました。
「あのね。私、ひろ子ちゃんのお洋服持って来るわね。邦ちゃんにそう言っててくれる?」
まあばあちゃんはそう言うと、シルバーカーを自分の家の方に向けました。
「え? なんで? ばあちゃんがひろちゃんの服、持ってるんや?」
オッチャンが尋ねると、まあばあちゃんは淋しそうに笑っただけで何も言わずに、シルバーカーを押し始めました。
ジロとミミちゃんもまあばあちゃんに合わせて歩き始めました。

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邦ちゃんとひろ子ちゃん


オッチャンが、軽トラを車庫に入れ終わる頃に、邦ちゃんとチビチャンが飛び出してきました。
ひろ子ちゃんは、車から降りると、チビちゃんを抱き上げて、ギュウっと抱きしめました。
「ひろ子ちゃんね。可愛い子だっていつも聞いてます。私とも仲良くしてくださいね。」
邦ちゃんは、ひろ子ちゃんの目の高さまで屈んで言いました。
「おばちゃん、大丈夫?」
邦ちゃんは足が少し不自由なので、屈んだりするのにぎこちなかったり、時間がかかったりします。その様子を見てひろ子ちゃんは心配したのでしょう。
「大丈夫よ。ひろ子ちゃんは、優しい子やね。」
邦ちゃんは、ひろ子ちゃんの頭を撫でました。ひろ子ちゃんの髪は長い間お風呂に入ってないのかゴワゴワでした。
「ひろ子ちゃん、お腹すいてない?」
「ひろ子ね、さっきパンもらったの。だから、すいてないよ。」
―――キューン、キューン――――
車の中から、声が聞こえます。茶色の犬です。
オッチャンが慌てて、
「おう、よしよし。お前も降ろしてやろうな。このコ、ひろ子ちゃんと一緒におってな。」
どのワンちゃん見ても、ワンワン吠えるチビちゃんが鳴きません。ひろ子ちゃんに抱かれたまま、おとなしくしています。
「どないしたんや、チビ、お前が新顔見て、吠えへんなんて……。どっか具合悪いんか?」
オッチャンが、ビックリして言いました。
「いらっしゃい」
邦ちゃんが茶色い犬に言うと、嬉しそうにオッポをゆっくり振りながら、邦ちゃんのそばに来ました。嬉しそうに握手するような仕草をします。
邦ちゃんが撫でると、背中はガタガタ、足の裏はヘタッテいました。長い放浪生活だったのでしょう。
「とにかく、お風呂に入ってキレイにしましょう。二人とも遠くから来てくれたんだもんね。ゆっくりお湯につかったら、スッキリするわよ。」
邦ちゃんは、チビちゃんを抱いているひろ子ちゃんと茶色いワンちゃんに家に入るように、促しました。

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ひろ子ちゃんとパン


「そやけど、車やったらこんな距離しれてんのに、送ってくれてもええやんなぁ。」
「なんか、荷物届けなアカン言うて急いでた。朝のジュウタイに巻き込まれたら、大変なんやって。ごめんなって謝ってくれた。」
「ああ、配送の途中やったんかもなぁ。」
オッチャンは納得したように独り言を言いました。
「ゴメンゴメン、オッチャンは悪いこと言うてしもうたな。親切な人やのに……。」
オッチャンは、オヤッ? と言うような顔して、
「ほな、そのコは、おばさんとこから一緒に来たんか?」
オッチャンが、茶色の犬をも皆が見ながら言いました。
「ちがうよ。おばさんとこには犬いないよ。このコは、車、降ろしてもらった後で、会ったんよ。」
ひろ子ちゃんは、また茶色い犬を抱きしめました。その時、また、おなかがグーッと鳴りました。
「ひろちゃん、おなかすいてるんか? もうちょっとで着くから待ててや。」
「ひろ子、トラックに乗せてくれたおっちゃんに、パンいっぱいもらってんよ。なんで鳴るのかな?」
恥ずかしそうに、えへへと笑いました。
「そうかそうか。良かった。ほなそのコは、ひろちゃんを好きになってついてきたんやな。」
「うん。」
「首輪してへんなぁ」
「うん。始めからなかったよ。」
「そうかそうか。……おっ! オッチャンの家が見えてきたで。あそこやで。よう覚えといてや」
ひろ子ちゃんが嬉しそうに笑いました。

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オッチャンとひろ子ちゃん


「なあ、ひろちゃん、ここまでどないしてきたんや?」
オッチャンがハンドルを切りながら聞きました。
「道を歩いてたらね。こーんな大きなトラックのオッチャンが、『どないしたんや?』 って、ひろ子はね、『おばあちゃん所に行くの』って言うてん。そしたら、『どこや?』 って、ひろ子は、おばあちゃんにもらった紙、見せてん。そしたら『行く道やから乗っていき』って。」
ひろ子ちゃんは、ポシェットの中をゴソゴソ探して、四つ折りメモ紙を丁寧に広げて、オッチャンに見せました。
「ほらね。」
まあばあちゃんのキレイな字で住所が書かれていました。
「そんでね。パチンコ屋さんのところで降ろしてくれた。」
「パチンコ屋? このへんにパチンコ屋なんてあったかいな。大分遠いやろ。」
「うん。でもね。こんなちっさいテレビで今ここで、ひろ子はあっちに向いていくと、真っ直ぐに行くと、おばあちゃんの家に着くって教えてくれたよ。」
「ちっさいテレビ? ああ、ナビやな。こういうやっちゃろ?」
「うん。こんなんやった。それでね。この道真っ直ぐ行ったら、大分あるかなアカンけど、そのうち知ってる景色が出てくるからいうて教えてくれた。気ィ付けて行くんやでって言ってくれよ。」
「そうかそうか。よう無事で。」
「そしたら、学校が見えてきたん。そんで校門のとこで座っててん。」
学校からまあばあちゃんの家まで、もうしばらく歩かねばなりません。
ひろ子ちゃんは、疲れてしまったのでしょう。
「おばあちゃん、朝いっつも散歩してるから、会えるかなと思って待ってたら、会えた!」
ひろ子ちゃんは嬉しそうに、茶色の犬を抱きしめました。

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軽トラに乗って


「とりあえず、私の家に連れて帰って、お風呂に入れてあげようと思ってるの。おなかも空いてると思うし……。」
まあばあちゃんがそう言うと、オッチャンが、
「ばあちゃん、ひろちゃんをこのまま町中を歩かすのは可哀想やで。それに、遠いところから来て、疲れてるんとちゃうか?」
ひろ子ちゃんは、見るからに疲れた様子です。
「ひろちゃん、オッチャンの家に行こう。車に乗り。」
オッチャンは車から降りると、ひろ子ちゃんを助手席に乗せ、茶色い犬にも車に乗るように手招きすると、ひろ子ちゃんの足元にお座りして、顔をひろ子ちゃんの膝の上に乗せました。
「ほな、わしの家に連れてくで、ばあちゃんは後からゆっくり来たらええがな。ほな、先に行ってるで。」
と言いながら、運転席に座ると、オッチャンの軽トラは走り去りました。
ひろ子ちゃんは、窓から顔を出して、まあばあちゃんに、手を振っています。
まあばあちゃんも振りかえしました。ひろ子ちゃんを乗せた軽トラは、しばらくするとカーブを曲がって見えなくなりました。
「さっ、私も早く追いつかないと。邦ちゃんも突然で驚くだろうし。ジロ、ミミちゃん、行くわよ!」
と、気合いを入れると、シルバーカーのハンドルを握る手に力を込めました。
そして、ひろ子ちゃんが幸せになれるために何をしなければならないのか……。
まあばちゃんは、心を決めました。

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ひどいこと


「どないしたんや?」
オッチャンは驚いています。
「おばあちゃんに会いにきてん。」
「一人で来たんか? お母ちゃんは?」
ひろ子ちゃんは下を向いて黙ってしまいました。
「おばちゃんには、ちゃんと言うて来たんか?」
「……ひろ子、おばさんの家、出てくの。……遠いところへ行くんやって……。だから行く前におばあちゃんに会いたかったの。」
「遠いところって、どういうこっちゃ。おばさんの家追い出されるちゅうことか?」
(もう、ひろ子ちゃんになんてこと聞くの! 無神経でしょ!)
まあばあちゃんは、心の中でオッチャンを叱りました。
「ひろ子ちゃん、車に乗り、オッチャンがひろ子ちゃんのおばちゃんに話しつけたるさかい。」
ひろ子ちゃんは、まあばあちゃんの後ろに隠れてキュウっと手を握りました。
「そんなに一度にいろいろ聞いたら、ひろ子ちゃん困ってるじゃないの。」
と、まあばあちゃんが強く言うと、オッチャンはハッとしたようにガハハと笑って、
「ゴメンゴメン、ひろ子ちゃん、ビックリしたなぁ。かんにんしてや。」
ひろ子ちゃんは、小さくコクンと頷きました。すると、ひろ子ちゃんについてきた茶色の犬がオッチャンの車の窓に手を掛けました。
「おっ、びっくりした。この子はどないしんや?」
オッチャンが茶色い犬の頭を撫でながら聞きました。」
「ひろ子がパンをあげたら、一緒についてきたの。」
「そうか、そうか。ひろ子ちゃんのガードマンやな。」
「ガードマンってなあに?」
「ひろ子ちゃんを守ってるいうことや。」
オッチャンのその言葉を聞いて、ひろ子ちゃんは嬉しそうに「えへへ」と笑って茶色い犬に抱きつきました。
「せやけど、ひろ子ちゃん、この季節にそんなセーター着て暑ないか?」
オッチャンは、今度は落ち着いた口調で話しかけました。
「……暑いよ……。」
ひろ子ちゃんの服装は、季節外れの薄汚れたセーターに色あせた春物のスカート、そして、靴は穴が空いていました。
なんともひどい姿です。
「ばあちゃん、これって、虐待いうヤツちゃうんか?」
まあばあちゃんもひろ子ちゃんの姿を見た時、一番にそう思いましたが。
返事は出来ませんでした。おばさんの暮らしぶりも分からない上に、ひろ子ちゃんのお母さんの事情も分かりません。
けれど、ひろ子ちゃんが、このままでいいはずはありませんでした。

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一緒に行こう


ひろ子ちゃんに気付いたとき、茶色い犬のことも見えていたのに、ひろ子ちゃんに夢中になって、茶色い犬の事を忘れていました。
「あの子、ひろ子ちゃんの知ってる子?」
まあばあちゃんは、少し離れた所で所在なさげに立っている犬の事を、ひろ子ちゃんに聞きました。
「あの子ね、ひろ子がパンを上げたら、ついてきたの。」
「そう、ひろ子ちゃんはパン分けてあげたの。優しいわね。」
パッとひろ子ちゃんが笑いました。それから、茶色の犬の方を見て、
「それから、ずっと、ここまで一緒に来たの。」
ひろ子ちゃんが、おいでというように屈むと、茶色い犬は、目いっぱいシッポを振ってひろ子ちゃんの方にかけてきました。ひろ子ちゃんの胸に飛び込むと、ひろ子ちゃんの顔をペロペロなめました。
「ふふふ、くすぐったーい!」
「あなたも、おばあちゃんの家に一緒に行きましょうね。」
まあばあちゃんの言う事が分かるのか、その茶色い犬はまあばあちゃんの手をペロペロなめました。ジロちゃんとミミちゃんにも鼻をくっつけて挨拶しました。背中を撫でるとガサガサの毛でした。その子の今までの苦労を物語っているかのようでした。
まあばあちゃんの胸はやり切れなさで胸が詰まりました。
悲しい運命の小さな女の子と痩せ細った犬が、富田林という遠い町からこの堺まで……

―――プーッ、プ、プー――――
と、クラクションが鳴りました。まあばあちゃんは慌ててシルバーカーを道の端に寄せると、ひろ子ちゃんを抱き寄せました。ジロとミミちゃんはちゃんと自分で道の端に寄っています。茶色い犬もそうしていました。
「ばあちゃん、わしやわしや!」
「あら、どうしたの? こんな時間に……。お仕事は?」
「いやな。明日から学校が始まるやろ? 見守り隊の人で集まって作戦会議や。……ん? え?」
オッチャンは驚いた顔をしました。
「ひろ子ちゃんやないか……」

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ふりむくと……


ひろ子ちゃんは、まあばあちゃんの押すシルバーカーの横をスキップしながらついてきます。まあばあちゃんはお腹が空いているひろ子ちゃんの事が気になって仕方がありませんでした。ひろ子ちゃんの顔も服も薄汚れています。
(早く、お風呂を沸かして、美味しいものをいっぱい作ってあげないと……)
まあばあちゃんは、自分の周りをピョンピョンしながら笑いかけてくるひろ子ちゃんが、かわいくて仕方がありませんでした。ジロもミミちゃんもまあばあちゃんが嬉しそうなのでなんだかウキウキしています。
ずっと気になって心から離れなかったひろ子ちゃん。そのひろ子ちゃんが会いに来てくれたのです。顔を見た時はホッとしました。でも、ひろ子ちゃんにはまた新たに災難が近づいてきているように感じました。
「えへへ。」
ひろ子ちゃんがまあばあちゃんを見つめて笑いかけてきます。そして、しがみついてきました。
(苦労したのね。こんなに小さいのに……)
まあばあちゃんの押すシルバーカーを一緒に伸しているひろ子ちゃんの小さな手は、ひび割れたアカ切れだらけでした。もう4月だというのに、ぱっくり割れて汚れている手が痛々しくて情けなくなってしまう、まあばあちゃんでした。
「ジロ、ミミちゃん、どうしたの?」
ジロとミミちゃんがしきりに振り返ります。まあばあちゃんはシルバーカーを止めて振り返りました。
「まあ」
痩せた薄茶の犬が、少し離れた所に立っていました。
さっき校門のところでひろ子ちゃんと一緒にいたコでした。


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おばあちゃんに会いたかったの!


「ひろ子、おばあちゃんに会いたかったの。ひろ子遠いところに連れて行かれるの。だからね、連れてかれる前に、おばあちゃんに会いたかったの。」
ひろ子ちゃんは、まあばあちゃんにしがみついて、ウエーン、ウエーンと泣きました。背中を撫でても、おさまりそうにありません。
「ひろ子ちゃん、遠いところって?」
「お母ちゃんがね、お金を送ってこないから、ひろ子をおばちゃんの家に置いとけないって……」
「おばちゃんがそう言ったの……」
「うん。」
まあばあちゃんは言葉に詰まりました。こんな小さな子に直接言うなんて……。
まあばあちゃんは胸が苦しくなりました。こんな小さな子に神様はなんて過酷な試練を与えるのでしょうか……。
おばさんの家を出て、ひろ子ちゃんはどこに連れて行かれるのでしょうか……。
ひろ子ちゃんを抱きしめる、まあばあちゃんの目から涙があふれてきました。
ひろ子ちゃんは、以前見た時よりもずいぶん痩せていました。顔色も悪いようです。まあばあちゃんは、そっとひろ子ちゃんのオデコに手を当てました。熱はないようです。
「ひろ子ちゃん、おばあちゃんの家に寄って行きましょう? ね?」
まあばあちゃんは、ひろ子ちゃんの涙を拭きながら言いました。ひろ子ちゃんの顔は薄汚れていました。まあばあちゃんのタオルハンカチにグレーのシミがつきました。
「ひろ子ちゃん、……おばちゃんの家からここまで来たの?」
「うん。」
こんな小さな子が富田林から……。よく無事で……。まあばあちゃんの目からまた涙が出てきました。
ひろ子ちゃんのお腹がグーッと鳴りました。
「ほらほら、ひろ子ちゃんのおなかも行こうって言ってるわ。おばあちゃんのお家に行きましょう。」
「うん!」
ひろ子ちゃんは涙で腫れ上がった顔をほころばせて大きな声で返事しました。

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ひろ子ちゃん!?


今日もまあばあちゃんはいつものように、シルバーカーを押してジロとミミちゃんを連れて、ゆっくりと小学校の方に向かって歩いていました。
桜の花もだいぶん散って、緑の若葉が桜の花の間から顔をのぞかせています。この頃の桜を見て、小さい頃のトモちゃんが
「さくら餅がいっぱい木になってる。」
と言っては喜んでいた事を思い出して、まあばあちゃんはほっこりした気持ちになっていました。
一度目の散歩は、5時頃に行くのでまだ寒くて暖かい上着を離すことが出来ませんが、2度目の散歩は小さな子ども達が学校へ行く時間なので、とっても暖かいです。春の日差しがまぶしくて1年で一番美しい季節を迎えたことを感じるまあばあちゃんでした。
「ジロ、ミミちゃん、今日は本当に気持ちのいい日ね。」
幸せな気持ちのまあばあちゃんは、ジロとミミちゃんの頭をなでて言いました。
まだ、学校は明日からです。だから小学校の塀沿いのこの道はシーンとしています。
明日になれば、子ども達の明るい声でさぞかしにぎやかになるのでしょうね。
まあばあちゃんはそんな事を思いながらゆっくり歩いていました。
「あれ、あの子は。」
校門のそばで屈んでいる女の子にまあばあちゃんは気づきました。女の子もまあばあちゃんに気付いて走ってきました。ワンちゃんも一緒でした。
「おばあちゃ~ん!」
「ひろ子ちゃん? ひろ子ちゃんなの!?」
まあばあちゃんは、胸の中に飛び込んできたひろ子ちゃんをしっかり抱きしめました。

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桜の魔法


「ホンマやな。私は本当に悪い母親なあ。」
と、お春ちゃんがポツリと言いました。
(どうしたの? いったいお春ちゃん、そんな殊勝なこと言って)
なんかいい方向にお春ちゃんの心が向かっているように思います。
以前のお春ちゃんは、邦ちゃんの何が気に入らないのか、いつも邦ちゃんに対してイライラしていたように思います。
一番つらいはずの邦ちゃんを気遣ってはくれませんでした。
そのお春ちゃんが、自分の事を悪いと言ったのです。
さらに、お春ちゃんは続けました。
「私、邦子に悪い事したなって。考えたら私のせいで苦労ばっかりかけてきたように思うねん。邦子に謝らなあかんわ。……なんや、二人とも不思議そうな顔して……」
お春ちゃんは、桜を見上げました。
「私、邦子に出て行かれて、初めて気が付いたわ。私の事、大事に大事にしてくれたのに。私、いったいあの子に何したったんやろかと思って……。私は、ホンマにあほな女やな。」
お春ちゃんはそう言って涙をふきました。
「謝りに行くんやったら。いつでも私ついて行くよ。」
お豊ちゃんが言いました。
「有り難う。でもな、私が行くと、邦子、また不幸になってしまうような気がして、家も近いんやし。あの子の幸せをちょっと離れた所から見とくわ。」
お春ちゃんの言葉にまあばあちゃんとお豊ちゃんは、優しく微笑んで頷きました。

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わからないの?


「話変わるねんけど……。」
と、お春ちゃんが、遠慮がちに言いました。
「なに?」
と、お豊ちゃん。
「朝、あんたら髪の短い女の人とおったやんかぁ」
お豊ちゃんもまあばあちゃんも飛び上がってびっくりしました。
その髪の短い女の人は邦ちゃんだったからです。
お豊ちゃんは、思わず叱りつけたくなりましたが、お春ちゃんを見ていると、本当に邦ちゃんと分からずに聞いているようです。
今はフワッとゆるいパーマをかけて、服装もオシャレになった邦ちゃん。お化粧もしていて生き生きとしています。
朝はいつもチビちゃんをだっこしてオッチャンの軽トラが見えなくなるまで見送っています。オッチャンの好きなものを作るためにまあばあちゃんにお料理を習ったり、庭の手入れをしたりと、今の邦ちゃんはいつも生き生きとしています。
この短い間に、自分を大切にしてくれる人と一緒になれたことで、邦ちゃんは母親のお春ちゃんにも分からないほど変わったのかもしれません。
どんどん美しくなっていく邦ちゃんを見て、お春ちゃんの心も変わっていくのではと、まあばあちゃんは思いました。
「お春ちゃん、あれは、邦ちゃんよ。」
「ええ! 邦子? ぜんぜん別人やで!」
「キレイやろ? 邦ちゃん、どんどんキレイになっていくで。お春ちゃん、あんたはホンマに幸せもんやで。ええ娘を生んだわ。」
「ほんとよ。あんなにいい子はめったにいないわ。お春ちゃん。」
―――だから、お春ちゃんも邦ちゃんを大切にしてあげて――――
まあばあちゃんは、そう続けたかったのですが、また、心を閉ざしてはいけないと思い、口をつぐみました。


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桜の下でお弁当


満開の桜の下でお豊ちゃんはビニールシートを敷きました。
その真ん中に重箱を置きました。中にはおにぎりや卵焼きと色とりどりのおかず。
「お豊ちゃん、お昼呼ばれにきたで!」
お昼の用意をしているお豊ちゃんに、お春ちゃんが声を掛けました。
「あら! お春ちゃん、来てくれたん! 座って座って!」
「よう、来てくれたわ。お春ちゃん。」
「だって、まあちゃんが、行こう行こう言うて誘ってくれるから。」
お春ちゃんの後ろのまあばあちゃんがニッコリ笑いました。お豊ちゃんは頷きました。
爽やかな春の風が、桜の花びらを散らします。三人のおばあちゃんたちを包むようにヒラヒラと舞います。
「ええ日やな。」
と、お春ちゃん。
「ほんま! 暖かくてええね。お花見日和やね。」
と、お豊ちゃん。
「今年も、こうして三人でお花見できて幸せやわ。」
と、まあばあちゃん。
年を取ると、一日一日が大切に思えるのです。
「なに言ってるんよ。来年も再来年も私らはきっとここでお花見してるよ。ね! お春ちゃん。」
と、お豊ちゃんがお春ちゃんに言いました。
「ほんまや。私は、長生きするで! まあ、十分長生きしてるけどな。……せやけど、お花見ってええなぁ。家の中にいるとなんかムシャクシャしてくるけど、こんなきれいな桜の下で美味しいお弁当食べてると、エエ気持ちになって来るわ。」
お春ちゃんは、そう言って桜の木を見上げました。 

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満開の桜の下で


近頃、朝一番の散歩も少し明るくなって、歩きやすくなってまいりました。
公園の桜も満開で心が現れるように美しいです。
この満開の桜の下でお豊ちゃんと待ち合わせて散歩に行きます。昨日から邦ちゃんもチビチャンを連れて一緒に散歩しています。以前はオッチャンが散歩していましたが、今は、奥さんの邦ちゃんに任せてグウグウ寝ています。
「あっちこっちから仕事を頼まれて、少し疲れているみたいです。」
お豊ちゃんにご主人は?と聞かれて、邦ちゃんはそう答えていました。
「ホンマにあの人は働きもんや。人柄はええし。邦ちゃんはホンマにええ人と一緒になったで。」
と、お豊ちゃんが言うと邦ちゃんも、
「いつも有難いと思って、感謝しています。」
と答えました。
「ねぇ、まあちゃん。今日のお昼お春ちゃんを誘ってこの桜の下でご飯を食べへん?」
とお豊ちゃんが言いました。
「それがいいわね。お春ちゃんも少しは外に出ないとね。体に良くないわよ。ぜひ、そうしましょう。私、お昼を作って来るわね。邦ちゃんはどうする?」
「私は、まだ、母に会いたくありません。ごめんなさい。」
「そやな。私もそう思うわ。まだ、会わん方がええよ。」
と、お豊ちゃんが言いました。
チビちゃんはもうすっかり邦ちゃんになついています。
「チビちゃん、優しいお母さんが出来て良かったわね。」
と、まあばあちゃんが言いました。

美しい桜に見惚れている3人は気付きませんでした。
公園の入り口近くで、淋しそうにみんなを見ているお春ちゃんの姿を……

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見違えた邦ちゃん


「お化粧するなんて、何十年ぶりかしら……。高校出た後、会社に入った時はお化粧していたんだけど、うちの人がお化粧した方がいいって言ってくれたから、少しつけてみようかなって思って。」
邦ちゃんは少し恥ずかしそうに言いました。
「邦子おばちゃんが、あんまりきれいでビックリした。それにパーマかけたんだ。すごくいい感じやよ。」
「まあ、トモちゃんたら……」
トモちゃんの言葉に邦ちゃんは頬を赤く染めました。
薄化粧の邦っちゃんは本当にキレイです。トモちゃんの知ってる邦ちゃんは、髪はばさばさで、もちろんお化粧してるところなんて見たことありませんでした。服も見たことないと言うか時代を感じるような服ばかりでした。
環境が変わるとこんなにも人は変わるものなのですね。
「邦子おばちゃん、今日の服、いいねぇ!」
と、トモちゃんが言うと、
「これは、恭子ちゃんからもらったんよ。このTシャツもカーディガンもよ。」
「お母さん、作業着ばっかりだから、邦子おばちゃんが着たほうがいいよ。」
まあばあちゃんは、邦ちゃんだけじゃなく恭子ちゃんもオシャレしてない事に気付いて、少し心配になりました。一所懸命働いている恭子ちゃん。本当は恭子ちゃんもオシャレしたいのではと気になりました。
でも、恭子ちゃんはこれまでの邦ちゃんと違って生き生きとしています。お父さんにもお仕事を任されて、取引先の人と交渉したりもします。いつも自信満々です。邦ちゃんのように飼い殺しではありません。
「恭子ちゃんの事は尊敬しているの。お仕事がんばって、楽しい家庭を作って、私もトモちゃんみたいな可愛い子が欲しかったなぁ。」
邦ちゃんのレモンケーキを食べる手が止まりました。
「どうしたの? 邦子おばちゃん。大丈夫?」
「ええ、大丈夫よ。私もうちの人のために美味しいものを作って、楽しい家庭を作ろうと思うの。」
「オッチャンは食べるのが大好きだから、きっと毎日ご機嫌になると思うわ。」
まあばあちゃんは、二人の会話を聞いて嬉しそうに頷いていました。

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薄化粧


「わっ、いいにおい! おいしそう。」
そう言いながら、トモちゃんはジロとミミちゃんとチビちゃんと一緒に台所に来ました。
「やっぱり、邦子おばちゃんだ。」
「お帰りなさい。トモちゃん。」
邦ちゃんがニッコリ笑って言いました。
「どうして、分かったの?」
と、まあばちゃんが言いました。
「だってチビちゃんがいるんだもん。すぐに分かった。それにしてもいい匂い! 私、これ大好き!」
「今出来たところよ。紅茶を入れるからみんなで頂きましょう。トモちゃん急いで手を洗ってきなさい。」
「はーい!」
トモちゃんは、返事すると制服を着替えてきました。その様子を邦ちゃんは微笑ましく見ていました。
「お待たせ! 食べよう食べよう!」
トモちゃんが元気よく言いました。席に着くとトモちゃんは、いただきますとサッと手を合わせて、パクッと食べました。
「美味しい! フワフワ❤ 美味しいね!」
トモちゃんがあんまり美味しそうに食べるので、ジロとミミちゃんとチビちゃんがワタワタとします。
「ちょ、ちょっと、待って待って。みんなにも分けるから!」
ジロは嬉しそうにステップを踏むようにしているのですが、ミミちゃんとチビちゃんはピョンピョン飛びついています。
「みんな、トモちゃんが好きなのね。」
邦ちゃんが、クスクス嬉しそうに笑いました。
「あれ、邦子おばちゃん、キレイだなっと思ったら、お化粧してたんだ。」
「ええ、恭子ちゃんにもらったの。だから、すこしつけてみたの。」
「お母さんに?」
「ええ。」
「邦子おばちゃん、本当にキレイ……」
トモちゃんは、不思議そうな顔をして見惚れていました。

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レモンケーキのいい匂い


邦ちゃんは今頃の時間、まあばあちゃんの所にお料理を習いに来ています。
おでんに肉じゃが、ちらしずし、巻きずしに鯖寿司……といろいろです。
まあばあちゃんはお料理が大好きです。だから、今日は邦ちゃんに何を作ってもらおうと張り切っています。
(そうだわ! 今日は久しぶりにレモンケーキを作ってみよう。)
とまあばあちゃんは思いつきました。レモンケーキはトモちゃんが小さい頃、毎日のようによく作りました。レモンの皮を細かくみじん切りにして、レモンの皮を絞れるだけ絞ってメリケン粉に混ぜます。白身と黄身を別々に取り分けて、白身を泡だて器でフワフワにします。昔はこれを手でやってたんですから、今は楽なものです。そして、それをお砂糖とメリケン粉と一緒に混ぜて、ケーキの型に入れてオーブンで焼きます。あの時はトモちゃんが小さな手でお手伝いしてくれました。
メリケン粉を取り出したり、卵を冷蔵庫から出してくれたり……。そこまで思い出して、まあばあちゃんはクスッと笑いました。お手伝いのわりにメリケン粉だらけになった姿の小さなトモちゃんが浮かんできたからです。
今は、邦ちゃんが手際よくまあばあちゃんのお手伝いをしてくれています。オーブンの中からいい匂いがしてきました。レモンケーキのいい匂いが台所中に広がります。
「邦ちゃん、ちょっと、中を見てくれる?」
とまあばあちゃんに言われて、邦ちゃんがオーブンの中を覗きました。
ふっくらきれいに焼きあがっています。邦ちゃんが少しだけ扉を開けて、竹串でケーキの中心を刺しました。中身はついて来ません。
「美味しそうに、焼けていますよ。」
「じゃあ、次のを焼きましょうか。」
「はい。」
邦ちゃんが、オーブンの中から出来上がったレモンケーキを出したところで、
「ただいま! わぁ! いい匂い!」
と、トモちゃん元気な声がしました。
まあばあちゃんと邦ちゃんは、顔を見合わせて微笑みました。
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邦ちゃんと昼ごはん

「あっ、邦子おばちゃん、いらっしゃい!」
トモちゃんが、台所にいるまあばあちゃんと邦ちゃんに声を掛けました。
二人は一緒にお料理を作っているのです。
「お帰りなさい。トモちゃん、おなかすいたでしょう。」
そう言って、まあばあちゃんが美味しそうにできたオハギをテーブルに置きました。そして、トモちゃんと邦ちゃんに、
「お昼にしましょう。」
と言いながら、イスに座るように勧めて暖かいお茶をみんなの前に置きました。
「わあ! おいしそう。これ、おばあちゃんと邦子おばちゃんで作ったの?」
「美味しい? トモちゃん。」
邦ちゃんが心配そうにトモちゃんに聞きました。
「うん。美味しいよ!」
トモちゃんが美味しそうに口いっぱいに頬張って食べています。
「今日から、トモちゃんのおばあちゃんにお料理を教えていただきたいと思って……」
と邦ちゃんが頬を染めて言いました。
「ほら、まあおばちゃんのご飯、すごく喜んでたでしょう。私の作るのも美味しいってくれるけど、まあおばちゃんお料理覚えたいなって思って……」
(そうか~。オッチャン、おばあちゃんのメシは世界一やって、よく言ってるから……。引っ越しを手伝った時も言ってたような気がするし、邦子おばちゃん、覚えてたんだ。)
「邦子おばちゃん、幸せだね!」
とトモちゃんが言うと、
「ま! トモちゃんたら嫌な子ね。」
邦ちゃんは、顔を真っ赤にして、微笑んでいました。
(ほんとに幸せそう)
まあばあちゃんはその様子を見て嬉しそうに笑いました。

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心ここにあらず

お春ちゃんは、返事はしていますが心ここにあらずです。
この様子では、昭雄さんが訪ねてきたら、きっと、また、家に入れるに違いありません。
それにしても、お豊ちゃんの意見には驚きました。
(お春ちゃんに邦ちゃんの所へ行かないように言うなんて……。)
でも、それが正しいかもしれないとまあばあちゃんは思いました。
国立大出の昭雄さんと結婚できて、自慢ばかりしているお春ちゃんの夢を壊さないようにと、我慢に我慢を重ねてきた邦ちゃん。
昭雄さんの嫌味に耐え、舅さんに姑さん、そして、自分の父親の介護を一人でこなし、その合間にパートに行き、……そして、昭雄さんが連れてきた女の人の食事まで用意させられていた邦ちゃん。
今思い出しても、まあばあちゃんの胸はキリキリと痛みます。
お春ちゃんは、何か思うことは無いのでしょうか? このままの気持ちのお春ちゃんが、邦ちゃんの所に行っても、いらぬ心配事を増やすだけのような気がしました。
あんなことしても堂々とお春ちゃんの家に上がりこむ昭雄さんです。お春ちゃんを訪ねてやってくるかもしれません。狭い町内です。すぐにでも行けます。
「あんたな、私の事ばっかり言うけど、邦子は、私の許しも得んと、勝手に行ってしもたんやで。私の立場ないやないの。」
お豊ちゃんは、開いた口がふさがらないと言ったような顔をしていました。
「あのな、あんたな、私の話聞いてた?」
「聞いてたわよ。」
「せやから、あんたが昭雄さんを入れ込むから、邦ちゃんは恐ろしゅうて、家によう入らんかったんやんか。」
「昭雄さんは、ちゃんと謝ってくれたで。」
「ホンマに悪い思ってたら、お金の無心なんかせえへんわ。だいたい貸すあんたにもビックリや。味を占めて何べんでも来るで。」
お春ちゃんは、また、ムゥッとして黙ってしまいました。お豊ちゃんは続けます。
「そもそも謝る相手はアンタと違う。邦ちゃんや。邦ちゃんに土下座や。それでも、許せるもんと違う。邦ちゃんの長年苦しんだ時間は戻ってけぇへんねんから。それとな、私が責めてるのは、ここにはおらんけど、昭雄さんなんやで。あんた、自分を責められてると勘違いしてるのと違う?」
お春ちゃんは口をへの字に曲げています。
「まぁ、あんたのお金が続く間は、あんたの昭雄さんは、“お母さん、お母さん、お金貸してください。くだされ”言うてくれるわ。あんた、そんなに余裕があるなら、私に寄付してよ。」
「何言うてんの。私かて余裕なんかないわ!」
「昭雄さんはな、あんたの売って出てきた家のお金、狙ってんのよ。いいかげん目ぇ覚ましや。ほんまに……」
だんまりのお春ちゃんを見て、お豊ちゃんもだんだん勢いが無くなってきました。

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Author:堺の町のまあばあちゃん
堺の町に住む、ひとりのおばあちゃんのお話です。
住み慣れた町の人々との交流や孫のトモちゃんや犬のジロとの生活を通して力強く生きていく姿を物語に書きたいと思います。 
宜しくお願いします。
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