夏休みの子ども



「おばあちゃん、わたし、おばあちゃんのこと大好き! お母さんと同じくらい大大好き!」
「まあ、嬉しいわ。おばあちゃんもひろ子ちゃんの事、大大好きよ。」
「じゃあ、ひろ子、行くね!」
「行ってらっしゃい! お手紙、必ずちょうだいね。約束よ。」
「ひろ子、ぜ~ったい、お手紙書くよ!」
「おばあちゃんも、お返事書くから、待ってるからね。」
「うん!!」
「じゃあ、指切りげんまんしましょう!」
「「指切りげんまん、ウソついたら針千本の~ます」」
「じゃあ、次に会うのは、夏休み明けの始業式ね。夏バテしないようにね。外に出る時は帽子をかぶってね。冷たいもの食べすぎちゃだめよ」
「はーい!」
ひろ子ちゃんは、何度も振り返り、振り返りしながら手をふりました。
ひろ子ちゃんが見えなくなると、まあばあちゃんは、ゆっくり歩き始めました。
「ジロは、ひろ子ちゃんが学校で待ってるの分かったのね?」
まあばあちゃんが聞いてみても、ジロは優しい瞳で見上げるだけです。
「ひろ子ちゃん、夏休みに入ったばかりなのに、お母さんと離れて暮らすのは辛いでしょうね。」
ジロはまあばあちゃんの言葉が分かるのか、ゆっくりシッポを揺らしました。
どうも不安な気持ちが消えません。
もう一度、ひろ子ちゃんが帰った方を振り返ると、虫かごと網を持った大きい男の子と小さい男の子が楽しそうに、笑ったりカケッコしたりしながら、こちらへ走ってきました。
兄弟でしょうか?
本来あるべき子どもの様子を見て、まあばあちゃんの不安はさらに深くなりました。


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まあばあちゃんのメモ紙


「ひろ子、おばあちゃんに会いたくなって、ここで待っててん。」
「ありがとう。おばあちゃんも嬉しいわ。夏休みの間は会えないと思ってたから、嬉しいわ。」
「ほんと、嬉しいな!」
ひろ子はピョンピョンして喜びました。
「おばちゃんってどんな人なの?」
「知らないの。会ったことないの。おばちゃんもお母ちゃんも忙しいから……」
ひろ子ちゃんは、心細そうに言いました。
「そう……」
(いくら忙しいからと言って、もう小学生になるひろ子ちゃんが一度も会ったことないなんて……。それに、ひろ子ちゃんのおじいちゃんやおばあちゃんは、どうしているのかしら……)
まあばあちゃんは、
“会ったことない”と言うひろ子ちゃんの言葉に不安を感じました。ほんとうは、そんな不安を感じるのは、失礼なのだけれども……。胸の奥から不安が湧き出てくるのを止められませんでした。
「ねぇ、ひろ子ちゃん、暑中見舞いって知ってる?」
「しょちゅう……」
ひろ子ちゃんは首をかしげました。
「暑中見舞い、暑いけど頑張りましょうねって、お手紙出すの。」
「へぇ!」
「これ、おばあちゃんの住所なの。ひろ子ちゃん、おばあちゃんに、お手紙くれる?」
まあばあちゃんは、いつも持ち歩いている名前、住所、電話番号、血液型などをメモした紙をひろ子ちゃんに渡しました。
「うん。ひろ子、お手紙出す! 待っててね。おばあちゃん!」
「うん。必ずちょうだいね。待ってるからね。」
ひろ子ちゃんは、まあばあちゃんのメモをジーッと見つめると、大事そうにポケットの中へしまいました。


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弱者


ハァハァ息を切らして走ってきたひろ子ちゃん。
「ひろ子ちゃん、どうしたの?」
「私、今日から、富田林のおばちゃんところに行くの。」
ひろ子ちゃんは、ションボリしています。
「そんなこと言ってなかったのに……」
「昨日、近所のおばちゃんにお母ちゃん、すごく怒られてん。ひろ子を一人で家に置いてるから……」
「まあ……」
「お母ちゃん、昼も夜も仕事でおらんの……だから……。でも、ひろ子、いつもいい子にしてるよ。なんで、なんで、お母ちゃん怒られるの?」
まあばあちゃんは、ひろ子ちゃんの問いかけに、言葉が詰まりました。

ひろ子ちゃんは、確かにいい子です。
でも、ご近所の奥さん達にしてみれば、急な病気や事故、そして、火の不始末などが心配なのでしょう……。

世の中は、いつでも弱者に冷たいものです。まあばあちゃんも身をもって経験しています。

厳しい現実を突き付けられた、ひろ子ちゃんを見て悲しくなりました。
まあばあちゃんは涙をいっぱい溜めたひろ子ちゃんをキュッと抱きしめました。


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ひろ子ちゃんが、学校に?



朝7時半です。
もう、太陽がギラギラ照りつけ、蝉が元気よく鳴きだしています。
(2度目の散歩は短めにしようかしら……)
まあばあちゃんは悩んでいました。
ジロとミミちゃんはお散歩が好きなので、“行こう行こうと”と急かします。
「今日から、夏休みで学校がお休みなの。だから、ひろ子ちゃんとも会えないのよ。淋しいね。」
ジロは、まあばあちゃんの言葉が分かるのか、ミミをピンと立ててニコッと笑いました。
まあばあちゃんが今日は早めに帰ろうとか考えていると、いつものジロならサッとそこの角を曲がって、お家に帰るのですが、
……今日は、どんどん歩いていきます。
(あら、学校の方だわ。ジロ、今日は学校、お休みだって言ってるのに……)
学校の近くまで来ても、今日はシーンとしています。
子ども達のはしゃぐ声はありません。
淋しい限りです。
ジロがパタパタとシッポをふりはじめました。
「どうしたの? ジロ」
ミミちゃんもシルバーカーの中ではしゃいでいます。
「おばあちゃ~ん!」
「え? ひろ子ちゃん?」
白地にお人形の絵の入ったTシャツにピンクのショートパンツをはいた、ひろ子ちゃんが、まあばあちゃんに大きく手を振ると、一所懸命走ってきました。


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明日から夏休み……


まあばあちゃんとジロとミミちゃんは、ひろ子ちゃん達が学校に入って行くのを見送っていました。

今日は終業式。明日から夏休みが始まります。
9月の始業式までは子ども達の登校する姿は見られませんね。
少し寂しい気持ちになったまあばあちゃんでした。

でも、夏休みといえば子ども達にとって、嬉しい長期休暇です。みんなどこへ行くのでしょうか。
県外に田舎がある子は、おじいちゃんおばあちゃんの家に遊びに行くかもしれません。
それとも、海水浴? いやいやキャンプ?
 USJやディズニーランド? 
ぜーんぶ行く子もいるかも知れませんね。

でも、その前に、ひろ子ちゃんも言ってましたが、通知簿を貰いますね。
ふっと
トモちゃんの幼い頃の事が思い出されました。
トモちゃんときたら、良い成績でも、よくない成績でも、お休みが嬉しくて、
いつも元気いっぱいに帰ってきました。
楽天家というか朗らかというか……
とにかく、トモちゃんは屈託ない子でした。

まあばあちゃんは、校門を通る子ども達を見送りながら、
(みんな楽しい夏休みを送ってね! )
と思い、微笑みました。


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終業式


「おばあちゃーん!」
後ろから可愛い声に呼び止められました。
ひろ子ちゃんです。
「まあ、ひろ子ちゃん。お早うございます。ひろ子ちゃんの顔が見たくて探していたの。」
「ほんと、うれしい!」
ひろ子ちゃん、くるくるとスキップしました。
「ひろ子、おばあちゃんを見つけたから、一所懸命走って来たんよ! 今日は終業式なの! 通信簿をもらう日なの。どんなかなぁ。ドキドキする……」
ひろ子ちゃんの額にひかる汗を、まあばあちゃんは花の刺繍が入ってるタオルハンカチで丁寧に拭ってあげました。
「おばあちゃん、ジロ、ミミ、おはよう!」
この頃、登校時刻に学校のそばを散歩するまあばあちゃん達に、小さなお友達が増えました。
「おはよう。今日も元気ね。」
「ミミちゃん、また車に乗ってる~」
そう、ミミちゃんはシルバーカーの縁に前足を乗っけて、景色を見るのが好きなのです。ジロに抱きついている子もいます。
まあばあちゃんは、この時刻に散歩を始めた頃、ゆっくりしか歩けないので邪魔になってるのでは、心配しましたが、保護者と思われる人に、
「こどもを気にかけてもらえるのは助かります。」
と言っていただけました。
そして、嬉しいことがありました。
ひろ子ちゃんのお友達が増えたことです。
ジロやミミちゃん達のお友達が、ひろ子ちゃんと気が合ったようで、学校が終わったら仲良しさんと帰っているようでした。
それを聞いたとき、まあばあちゃんは涙が出るほど嬉しい気持ちになりました。
 
 今日も、まあばあちゃんは、ひろ子ちゃんと仲良しさんと一緒に学校に向かいます。


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くまモン と 堺っ子



「コナン君のお母さんがくまモンをお土産にしてくれたでしょ? こんなふうにお土産を貰って、他のくまモンの小物が欲しくなったり、くまモンに会いたくなって熊本に行ってみたくなったりすると、熊本県が元気になるでしょ?」
「分かったわ! 親しみを持ってもらうのが、ゆるキャラのお仕事なのね。トモちゃん」
「そう! そのとおり!」
「じゃあ、堺にもゆるキャラいるのかしら?」
「どうかなぁ。」
「堺の子ども達は、昔から“堺っ子”と呼ばれていたから、“堺っ子ちゃん”がいたら嬉しいわぁ」
「堺っ子体操もあるし、あるといいね。人懐っこいゆるキャラがいたら、身近に感じてもらえそう!」
「ふふふ。ホップ!ステップ! ジャンプ! ってね」

トモちゃんとまあばあちゃんの話はつきません。


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ゆるキャラ



「あ! 可愛い! くまモンだ! これどうしたの?」
「くまもん?」
まあばあちゃんがキョトンとしていると、
「ほら、ジロとミミちゃんが枕にしてるクッションよ」
「ああ、あれ、あれはコナン君のお母さんの里帰りにお土産下さったの。可愛いでしょう?はい。トモちゃん、どうぞ」
「……美味しい! ハチミツれもんだ!」
まあばあちゃんの家ではレモンのはちみつ漬けを水で溶いたものを“ハチミツれもん”と呼んでいます。
「ハチミツもたくさん下さったの。トモちゃんが帰ったら飲めるように作っておいたのよ。」
「ありがとう! 冷たくておいしい! コナン君のお母さん熊本の人だったんだ~」
「そうよ。あら、言ってなかったかしら」
コナン君を預かった時、まあばあちゃんは聞いていたのですが、トモちゃんに言ってなかったようです。急なことでパタパタしていたので、忘れてしまったのですね。
「うん」
トモちゃんはジロとミミちゃんの側でコロンと横になりました。
「よく分かったわねぇ」
「くまモンは熊本県のゆるキャラだもん。」
「? ゆるキャラ……。ゆるキャラってなあに?」
「ゆるキャラって、うちの地域に来てくださいって、呼びかけるマスコットかな。」
「へぇ……」
まあばあちゃんは分かったような分からないような顔をしてうなづきました。


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おすそわけ



「ダメダメ、重いから」
そう言って、コナン君のお母さんは玄関先まで運んでくれました。
迎えに出てきたジロの顔を両手で包んでワシャワシャすると
「また、お散歩で会いましょうね。」
と言って帰っていきました。
ビンを持ち上げると、ハチミツが光に透けてキラキラ黄金色に輝いていました。
「あら、お手紙が入ってるわ!」
“ちょっと多いかなと思ったんですけど、親しい方におすそわけ出来るかなっと思いまして! コナンの母より”
「あらあら♪」
まあばあちゃんは嬉しくなりました。
まあばあちゃんは、少しだけスプーンですくって食べてみました。
ほのかに花の香りがします。
ペロッとなめると、しっかり甘いのに後味がスッキリしていて、とっても美味しいです。
これをパンにつけたり、牛乳に溶かしたらトモちゃんは大喜びで食べてくれますね。
まあばあちゃんは戸棚を開けて、キレイに洗っておいてある小瓶をいくつか取り出しました。
体の弱いお春ちゃん、柿の木の奥さん、タロちゃんのお母さん、それから―――
ミミちゃんがまあばあちゃんの足にじゃれ付いてきました。ミミちゃんのお母さんの事が浮かんできました。
(あの人なら、紅茶に合わせるのかしら?)
亡くなったミミちゃんの上品なお母さんの事を思い出して、急にしんみりしてしまいました。
ジロが心配そうに見上げています。
「あっ、そうそう、チビちゃんのお父さんにも! チビちゃんのお父さんにはハチミツレモンも作っていきましょう!」
心配顔のジロに元気よく言うと、ハチミツを小瓶に詰め替え始めました。
キュッとしっかりめに蓋を閉めて、ラップで丁寧に包みます。

「ジロ、ミミちゃん、すぐに帰るからお留守番お願いね。」
シルバーカーに取り分けたハチミツを入れると、お家を出発です。
外は、大分暑くなってきましたが、早く美味しいハチミツを届けたかったので、出かけることにしました。
みんな喜んでくれるでしょうか?


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じん徳?



コナン君のお母さんが可愛い花模様のクーラーボックスを開けると、中に大きなビンが入っていました。
♡♡♡れんげのはちみつ♡♡♡
と蓋にシールが張っていました。
「まあ! はちみつ! うちの孫も大好きなんです!」
「良かった! 私の実家で取れたハチミツなんです。とっても美味しいので、食べていただきたくて!」
「有り難うございます! ここまで重かったでしょう?」
「これくらいは平気なんですけど、近くだからと思って歩いてきたら。コナンが追いかけてきて」
「まあ!」
「主人がリードを持って追いかけてきてくれたんですけど、自分だけ急いで家に帰ってしまったんです! 見たいテレビがあるって言って! ちっとも気が利かないんだから困ります。“コナンは前へ進めじゃ!”だし……。ねぇ? コナン。」
コナン君が名前を呼ばれてキョトンとした目でお母さんを見上げました。なんとも可愛い仕草です。
コナン君のお母さんは言葉とは反対にさほど怒った様子でもなく、楽しそうに話していました
「あら、ご実家に帰られた時、コナン君は?」
まあばあちゃんは心配になりました。以前、ご主人のお家でご不幸があった時、コナン君を預かったことがあったからでした。
「今回はのんびり車で行ったので、連れて行きました。あの時は新幹線で行かないといけなかったから、慌てました。無理なお願いをしたのに、快く引き受けて下さって! 本当に有り難うございました」
「そんな! 無理だなんて……。コナン君ならいつでもお預かりしますよ。」
元気なコナン君は、お母さんに飛びついたりまあばあちゃんに飛びついたり、自分のシッポを追いかけたりと大忙しです。
「コナン、良かったわね。コナンの人徳ね。」
コナン君のお母さんはとっても嬉しそうな顔をしました。


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翌朝


一夜明けた夏の朝、まだ朝早いというのにサンサンと日差しが降り注いでいます。
まあばあちゃんは家の前の道を掃いていました。
「おはようございます。昨日、有り難うございました。」
邦ちゃんが後ろから声を掛けてくれました。
「あら、邦ちゃん、行ってらっしゃい!」
邦ちゃんは片方の足が少し不自由ですが、器用に自転車に乗ると、颯爽と行ってしまいました。
その様子に、吹っ切れたものを感じてホッとしたまあばあちゃんでした。
「おや」
向こうからコナン君とコナン君のお母さんが走ってきました。
「お早うございます。最近なかなかお会いしませんね」
コナン君もコナン君のお母さんも、走ってきたせいでハァハァいっています。
「コナンはよく引っ張るので、暑い時はこたえます。」
「ほんとに暑くなってきましたね。あんまり暑いので最近は散歩の時間を早くしてるんですよ。」
「ああ! それで会わないのかしら! これ、ジロちゃんにお土産です」
「まあ、かわいい」
袋から可愛いクッションがのぞいていました。
真っ黒の顔した、おめめの所だけ白い可愛い顔したクマさんです。
ジロはフワフワしたものが大好きなので、きっと喜びます。
以前お話したジロの好きな物を覚えていてくれるなんて……! まあばあちゃんは嬉しくて目がウルウルしてきました
「ジロちゃん、枕をして寝るのが好きって聞いてたから、ジロちゃん使ってくれるかしら!」
「ジロに、こんなにいいの……、ありがとうございます。」
―――ワンワンワン―――
小さなワンちゃんの声が家の中から聞こえてきました。ミミちゃんです。ジロに遊んでもらおうと吠えついているのでしょう。
「あら、どうしましょう……。ジロちゃんの分しか……」
コナン君のお母さんが困った顔になりました。
「なんでも一緒に使うので大丈夫です。ありがとうございます。」
コナン君のおかあさんはホッとした顔をして、
「良かった~! それから、ジロちゃんのお母さんにもあるんです!」
「まあ、私にも!」
まあばあちゃんは、びっくりしました。
「これは重いから気を付けてくださいね。」
(何かしら?)
まあばあちゃんは目を輝かせました。


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恭子ちゃんも心配で……



「あら、恭子ちゃん!」
まあばあちゃんがジロとミミちゃんの足を洗っていると、恭子ちゃんが帰ってきました。
「うん。邦ちゃん、一人で大丈夫って言ってたけど、心配で行ってみたんよ。そしたら、お母ちゃんとお春おばちゃんが、先に来てるからビックリしたわ。」
「そんなに、目立ってたかしら……」
「そんなことはないけど、行くとき暑かったでしょ。散歩に行くって言ってたし。ジロとミミちゃんを連れてるから、そんなに遠くに行かないと思ってたんよ。」
「そうね。暑いのに悪いことしたわ。」
まあばあちゃんはションボリしました。
「それで、私に内緒で来たかったんだなぁと思って、声かけにくかったてん。」
「そりゃ恭子ちゃん、あんなにきっぱり一緒に行かないほうが良いって言われれば、こっそり行くしかないでしょ?」
「ごめんね。言い過ぎやね。」
「ううん。」
「で、帰りは別々に帰るみたいやから、声かけようと思ったら、邦ちゃんが追いかけて行くのが見えてん。お春おばちゃんが一人になるなぁと思って、お春おばちゃんとお茶してきたんよ。邦ちゃんがいればジロとミミちゃんのことも心配ないと思って」
「そうなの。邦ちゃん、ミミちゃんを抱っこして濡れないようにしてくれたのよ。ジロは雨、気にしないし。……ねぇ、お春ちゃん、どんな様子だった?」
「スッキリしたって言ったけど、寂しそうやった。おばちゃんの世代だと、離婚なんてありえへんもんね……。気持ちがついていかへんのと違う?」
「……そうね。」
一人で生きていくのは、この時代も難しいと思いますが、まあばあちゃんの時代は、権利などが少なくさらに厳しいものでした。
「ジロ! お風呂に入ろっか!」
ジロは雨でも平気ですが、レインコートが嫌いなので、濡れてしまっています。
恭子ちゃんがジロにそう言うと、お風呂が大好きなジロは嬉しそうにシッポをハタハタさせました。


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祈り



「邦ちゃん!」
邦ちゃんが傘をさしかけてくれていました。
「雨、降ってきましたね」
「邦ちゃん、お春ちゃんは?」
「母は、喫茶店に行きました。」
「一人で、食べてるんじゃないの? 行ってあげて。傘はこの中にいつも入れてるの。」
用意のいいまあばあちゃんは、いつもシルバーカーの中に傘を入れています。
「でも、せめてお家の前まで……」
「大丈夫よ。邦ちゃん。それに自転車は?」
「近いし、後で取りに行きます。」
「なに言ってるの。私は大丈夫だから、戻って戻って。」
まあばあちゃんはそう言いましたが、邦ちゃんはまあばあちゃんに歩調を合わせて歩きます。
なんだかんだ言っても、若い邦ちゃんの足の方がまあばあちゃんよりも速いようです。
「ありがとうね。邦ちゃん」
まあばあちゃんは申し訳なさそうに言いました。
「私こそ、今日は、有り難うございました。母と二人で待って下さってるのを見た時、心が暖かくなりました。ホッとしました。」
「そんな……。ぜんぜん、力になれなくて……。情けないわ。」
「そんなことありません。いつでも、私たちの事、気遣ってくださって、すごく心強かったです。」
そんな話をしているうちに、まあばあちゃんの家に着きました。
「ありがとう、邦ちゃん。いつでも遊びに来てね。待ってますから。」
「有り難うございます。また、改めて……」
邦ちゃんは頭を下げると、元来た道を戻って行きました。
雨が少し強くなってきました。
まるで、今までの嫌なことを洗い流そうとしてくれるかのように……

もう、邦ちゃんに嫌なことが起こりませんように……。幸せがやってきますように……
まあばあちゃんは祈りました。


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「みんなでモーニング食べに行こ! なんかおなか空いてきたわ」
お春ちゃんが言いました。
「そうやね。おなか空いてきたわ」
邦ちゃんも言いました。
「なぁ、まあちゃんも行くやろ?」
「ありがとう。お春ちゃん、でも、ジロとミミちゃんが一緒だから、今日は帰ります。」
「この辺、一緒に入れるトコないもんねぇ」
「うん。ごめんね」
「次は、行こうね! まあちゃん」
お春ちゃんが、残念そうに言いました。
ジロとミミちゃんがいるからというのも理由の一つですが、まあばあちゃんは膝があんまりよくないので、イスに座る時、いつもモタモタしてしまいます。まあばあちゃんはそれが気になって、とても楽しめないのです。
「邦ちゃんと、ゆっくりお話ししてね。」
そう言って、まあばあちゃんはお春ちゃんと邦ちゃんと別れました。

ここへ来る時と違って、今にも泣きだしそうな空に変わっていました。
(雨が降り出す前に、家に着くかしら)
まあばあちゃんは足を速めました。ところが、また遅くなりました。
区切りがついてホッとしましたが、言いようのない寂しさが胸にまとわりつきます。
(本当にこれで良かったのかしら……。他に方法があったんじゃないのかしら……)
答えが見つからないまま、いつの間にか立ち止まっていました。

―――ポ……ポツ、ポツ―――

小さな雨が降ってきました。大きな雨が来る前に急いでお家に帰らなくては!
まあばあちゃんが空を見上げると、白い傘がまあばあちゃんの視界を遮りました。

邦ちゃんでした。


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取り越し苦労



「あら! お母ちゃんたち、どうしたの?」
「ひゃー! ビックリした!!」
まあばあちゃんとお春ちゃんがあんまり驚くので、邦ちゃんもビックリしたようです。
「く、く、くく、邦子!!」
「そんなに驚かないでよ。びっくりするやん……」
「はぁ……まだドキドキしてるわ……」
お春ちゃんは胸押さえて汗を拭きました。
「私を心配して来てくれたん?」
こっそり見守るつもりだった二人は、邦ちゃんに見つかってドギマギしています。見つかると思ってなかったので、言い訳も考えていませんでした。
「いや、違うねん。うちら散歩でウロウロしててん。」
「来るとき暑かったん違う?」
今は曇ってきましたが、来るときは日差しが強くてとても暑かったのに、二人が自分の事を心配して来てれたのかと思うと、優しさが嬉しくて涙が滲んできました。
「ありがとう。……私のために、心配ばっかり掛けてごめんね。」
「ほんまに、散歩に来たんやで……。なあ、まあちゃん!」
「そうよ! ほんとよ。邦ちゃん」
邦ちゃんに心の負担にならないように、二人は一生懸命、言い募りますが、言えば言うほど、余計に反対に聞こえます。
そんなぎこちない二人の会話を聞いて、邦ちゃんは、可笑しくなってきて吹き出しました。
まあばあちゃんとお春ちゃんも、邦ちゃんが笑うのを見て、自分たちの言ってた事に可笑しくなってきたのか笑い出しました。
笑い出したら、三人とも止まらなくなって、しばらくお腹を抱えて笑っていました。
「あははは!おかしい~……。涙出てきたわ……」
お春ちゃんが言いました。
「私もよ。お母ちゃん、こんなに笑ったのは久しぶりやわ……。なんだか心が軽くなったわ。スッキリしたみたい」
まあばあちゃんもお春ちゃんも、ひどい目にあわされたとはいえ、長年連れ添ったご主人と決別するので、離婚届を出した後、ガックリくるんじゃないかと気が気ではなかったのですが、邦ちゃんの清々しい顔を見て、取り越し苦労あることが分かってホッとしました。
邦ちゃんは、私たちが思っているよりも、ずっとシッカリしているわと安心したまあばあちゃんでした。


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邦ちゃんは離婚届を提出に……



邦ちゃんは区役所の中に消えて行きました。
「邦子、一人で大丈夫やろか……」
「大丈夫よ。恭子ちゃんも一緒に行くって言ってたのに、一人で来たという事は、しっかり心に決めてきたのよ。」
お春ちゃんがまあばあちゃんの手を握ってきました。
「邦子、なんのために結婚したんやろう……。こうなったのも私のせいや」
「何言うの! 邦ちゃんもお春ちゃんも悪くない。悪いのはお春ちゃん達を苦しめたあの人達よ!」
「せやかて、邦子、頭良かったのに、大学だしたってたら、こんな事にならんかったかもしれへん……。私のせいや……」
「邦ちゃんの頃は、大学出てる人少ないでしょう? 
それにね、お春ちゃん、私らだって、若い時分は、ずーっと戦争ばっかりで、一番いい時は、空襲で逃げ回ってたわ。私らだって、いっぱい苦労してきたけど、その都度乗り越えてきたんよ。」
「……ほんまやなぁ。えらい時代やったわ……。」
「邦ちゃんも、今回の事、忘れることは出来ないだろうけど、お春ちゃんがいるし、わたしも恭子ちゃんもついてる。一緒に前を向いて行けば、いい方に道が開けていくと思うの。」
「ほんまやな。ありがとう、まあちゃん。私、まあちゃんが友達でほんまによかったわぁ」
お春ちゃんは、また涙しました。
さっきまでカンカン照りだったのに、まあばあちゃん達を気遣うように雲がもくもく湧いて太陽を隠していきました。


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区役所へ



今日、邦ちゃんは離婚届を提出するために、区役所に向かいます。
恭子ちゃんの
―――今までのことを断ち切るために―――
この言葉を聞いたとき、邦ちゃんは、まるで雷に打たれたように固まっていました。。
きっとこの言葉は、邦ちゃんの心の中で言葉にならずにモヤモヤしていた塊を言い当てたものだったのでしょう。
自分から離婚を切り出す勇気も、また、こんな形で離婚を突き付けられても、心ならずも言いなりの邦ちゃん。心はずたずたに違いありません。

そうです。
同じ離婚届を提出するといっても、邦ちゃんの気持ち次第で、全く違う意味を持ってきます。

自分の意志で
今までの事を断ち切るために
離婚届けを提出するのです。

まあばあちゃんとお春ちゃんは、結局心配で、散歩と称してもう一度外へ出ました。邦ちゃんより先に区役所に行って見守ろうと思ったのです。
お豊ちゃんにも来てもらおうと思いましたが、お豊ちゃんの家は、昭雄さんと女の人の家族が住んでいる家の隣なので、行くのは止めることにしました。

もう陽が高くなってきました。ガンガン太陽が照りつけてきます 。
「お春ちゃん、大丈夫?」
「大丈夫や。いつも散歩で歩いてるもん」
お春ちゃんは汗を拭きながら、言いました。そうはいっても、散歩は家の近くをぐるぐる歩いているだけだし、公園で休むこともできます。
駅に行くよりは近いのですが、区役所までの道には木陰で体を休める場所はありません。
区役所が見えてきました。
「やれやれ、やっと着いた……」
お春ちゃんは、疲れたように花壇の側のベンチに腰掛けました。
まあばあちゃんもお春ちゃんの隣に座りました。
花壇には綺麗な花が彩りよく植えられていましたが、今日の二人は花なんてちっとも見ていませんでした。
「あ! 邦子や!」
邦ちゃんが自転車に乗ってやってきました。
「あら、邦ちゃん、自転車乗れるの?」
前髪の女の人を助手席に乗せたご主人に、邦ちゃんが置いてけぼりにされたあの日、たくさんの荷物を持って歩いていました。
「あんまり得意とちがうねんけど、ヘルパーの仕事するんやったら自転車ぐらいは乗れんとどうもならんみたい……」
「そう……」
恭子ちゃんは一緒ではありませんでした。
邦ちゃんは一人で提出することにしたようです。
少し足が不自由な邦ちゃんは、ちょっとだけ不器用に自転車を降りると、駐輪場に止めました。


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新しい気持ちになるために



「邦ちゃん、準備してる?」
恭子ちゃんの問いかけに、邦ちゃんはピクッとなって下を向きました。
「邦ちゃん、どうしたの?」
恭子ちゃんが心配そうに邦ちゃんの顔を覗き込みます。
「ごめんね。恭子ちゃん……。」
「恭子ちゃん、準備って何? 何の話をしてるの?」
まあばあちゃんが恭子ちゃんに聞きました。
「うん、昭雄さんもあの前髪の女の人も、邦ちゃんに酷いことばっかり言うから、録音したらって言うててん。こういう問題は証拠がないと声の大きい方が得をすると思って……」
「恭子ちゃんは、ありがとう。ごめんね。心配かけて……、でも昭雄さん、もうお金なんてないと思うし……。私、早く離れたい……。もう、疲れてしまってん。」
「でも、こんなに酷い目にあってるのに、気がすまへんのと違う?」
「ううん。これでいいの。離婚できるだけでいいの……」
「邦ちゃん……!」
「今日、ヘルパーの仕事は午後からだから……、区役所開いたら、一番に行ってくるわ……」
「じゃ、私もついて行くわ!」
「一人で大丈夫よ。私もこれからはしっかりしなあかんから…」
「邦子、私も行くわ……」
「だめだめ! 邦ちゃんは今までの事を断ち切るために、行くんだから。お春おばちゃんは来ちゃダメ。私たち二人で行くわ」
恭子ちゃんにきっぱり言われて、お春ちゃんは少しショボンとなりました。でも、まあばあちゃんは……
(それがいいかもしれない……。お春ちゃんは一緒に行かないほうが良いかもしれない。
私もお春ちゃんもお豊ちゃんも、どうにかして昭雄さんに邦ちゃんを想ってくれるようになってほしい。女の人と別れてほしいと……、こんな事になっても、まだ、心のどこかで望んでる。これでは、気持ちで負けてしまうわ……。きっと恭子ちゃんが正しいわ。)

まあばあちゃんは、恭子ちゃんが来てくれたことで、みんなの気持ちが少しだけ前を向いたような気がしました。


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泣いている4人と恭子ちゃん



「あら、お早うございます。みんな揃ってどうしたの? お茶入れるから上がったら?」
トモちゃんのお母さんの恭子ちゃんです。
今気づいたような話しぶりですが、みんなのただならない様子にいつ声を掛けたらいいのか悩んでいました。そうするうちに、おばあちゃんの大声です。恭子ちゃんは思い切って話しかけてみました。
すると、4人とも泣いています。
「恭子ちゃん……」
まあばあちゃんは呟くように言いました。
「行ってきます」
遠慮がちな小さな声がしました。トモちゃんです。心配そうにまあばあちゃんを見ながら、みんなに会釈して出かけて行きました。
(もうトモちゃんが出かける時間になっていたんだわ……)
まだいくらも経っていないような気持ちだったので、まあばあちゃんは、驚きました。
「どうしたの? 何があったの?」
恭子ちゃんも邦ちゃんの家の事情は知っていますが、このことをお春ちゃん達の前で説明することに戸惑いました。すると、邦ちゃんが口を開きました。
「離婚届に署名して今日にも役所に出しとくようにって、電話があったんよ。ポストに昭雄さんの署名を済ませたのが入ってるからって……」
「そうなん……」
恭子ちゃんはまあばあちゃん達のように、驚きませんでした。
「恭子ちゃんは、ビックリしないの? ポストに離婚届が投げ入れられてたんよ。むき出しでよ……!」
まあばあちゃんは恭子ちゃんに思わず聞きました。
「あんな常識知らずの人でなしよ。何をしてもおかしくないやん。」
「それは、そうだけど……」
まあばあちゃんは恭子ちゃんがパキパキ言うのでマゴマゴしてしまいました。
「良かったやん。邦ちゃん。あんな邦ちゃんの良さも分からないアホとは、さっさと別れて、慰謝料がっぽり貰わなくちゃ……」
お春ちゃんもお豊ちゃんも恭子ちゃんの言葉にアングリしています。さっきまで昭雄さんのひどい仕打ちに涙していたのに、恭子ちゃんは昭雄さんと事を構える話をしています。
恭子ちゃんには良い案があるのでしょうか?


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用済み


「昭雄さん、邦子が用済みになったんやなぁ」
お春ちゃんの言葉に、まあばあちゃんもお豊ちゃんも飛び上がりました。
邦ちゃんは、濡れたまつげを伏せたまま、うつむきました。
まあばあちゃんは、思わず大きな声で怒りました。
「お春ちゃん! なんてこと言うの!」
お豊ちゃんは固まっています。
「……こうなったら、見栄も何もないわ……。まあ、聞いて……」
お春ちゃんは諦めたように話しはじめました。
「昭雄さんには、兄と姉がおるねんけど、両親とも邦子が介護したんや。父親のほうは大病患って寝たきりや。母親もシモの世話が嫌で、自分はちっともせんと、みーんな邦子に押しつけたんや。そのうちに母親も痴呆になって、夜な夜な徘徊するのを邦子が探し回っててんよ。それだけやない。家中、ウンコ垂れながすんや。昭雄さん言うたら、母親に汚いあっちいけ言うし……邦子は耐えてに耐えて……。最後にこの仕打ちかと思うと殺してやりたいくらい腹立つわ……!」
まあばあちゃには、かけるべき言葉が見つかりませんでした。
どんな慰めの言葉も無意味でしょう。
体が弱く病気がちのお春ちゃんを気遣って優しい娘さんだと思っていた邦ちゃん……。そんな大変な中から、お春ちゃんの様子を見に来ていたのです。
みんな、言葉もなく、うつむいていました。


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邦ちゃんのいなくなった家 

 

二人の姿を見ていると、まあばあちゃんも、ひとりでに泣けてきました。
こんなに優しい邦ちゃんがどうしてこんな目に合わなくてはいけないのでしょう……

邦ちゃんは、今時のお嫁さんには珍しく、一所懸命、昭雄さんのために尽くしてきたと思います。昭雄さんはいつ見ても、キチッとアイロンのかかった服を着ていました。自動車もピカピカに磨かれていました。庭もキレイな花を上手に並べて、小さいながらどこかの外国のお庭のようでした。

―――今は――――

庭の花は枯れ果てて、草はボウボウ。車は埃だらけ……。
少し前に見かけた昭雄さんは、ヨレヨレの服を着ていました。お春ちゃんの引っ越しの時と同じ服を着ていたような……

同じ家なのに邦ちゃんがいなくなったことで、こうまで変わるものかとまあばあちゃんは驚いていました。
邦ちゃんを追い出して、女の人が二人も家にいるのに、酷い有様です。
お春ちゃんと邦ちゃんが、まだ隣に住んでいた頃は、
“車を洗いに来い”だの“飯を作りにこい”だのと、邦ちゃんを呼びつけていたそうですが、そんなことは同居している女性に頼むか昭雄さんが自分ですればよい事です。昭雄さんが邦ちゃんに言ったのですから、
―――出て行け―――

まあばあちゃんが泣いているのに気付いて、お豊ちゃんが肩をそっと抱いてくれました。


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決意



邦ちゃんは、母親のお春ちゃんをなだめるために、優しく背中をさすりました。
「お母ちゃん、私、これでよかったと思ってるんよ。いつまでもこのままじゃ前に進まれへんもん。今日、離婚届を出しに行ったらホッとするように思うわ。ごめんね。お母ちゃん、苦労ばっかりかけて……」
邦ちゃんの声は震えていました。そして、大粒の涙が後から後から落ちていました。
「邦ちゃん、それでいいの?」
まあばあちゃんは、堪らず聞きました。
「はい。こうなったのは、私も悪いと思うんです。子どもができなかったこともあると思います。結婚しているといっても、昭雄さんは会社、私はパート。休日と言っても、私は、掃除に洗濯、昭雄さんはゴロ寝してテレビばかり見てるし。会話もなくて……。だから主人は、つまらなかったのかもしれません。」
淋しく笑って、邦ちゃんは続けました。
「それに、私、今の方が楽しいんです。母といろんな話をして、幸せです。他愛無いことを褒め合ったり、笑ったりすることがこんなに楽しいなんて……。もうずいぶん長い間、忘れていました。」
邦ちゃんは泣きすぎて、鼻が真っ赤になっていましたが、目の光はしっかりしていました。迷いは感じられませんでした。まあばあちゃんが小さく頷くと、邦ちゃんはお春ちゃんの肩をそっと抱きしめて言いました。
「だから、ごめんね、お母ちゃん、離婚してスッキリしたいの……。」
「……邦子! 邦子~~!」
お春ちゃんは邦ちゃんにしがみついてワンワン泣き出しました。
 

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怒り



「おはようございます!」
走ってきた邦ちゃんは、息を弾ませながら、まあばあちゃんとお豊ちゃんに、会釈しました。
「邦子、そんなに走って、足、大丈夫か?」
お春ちゃんが邦ちゃんを気遣いました。
「大丈夫よ。」
邦ちゃんは今にも泣き出しそうでした。
まあばあちゃんは、こんな込み入った話を外でしているなんてと気がつき、ガレージの中に入るようにすすめました。まあばあちゃんの家のガレージはシャッターがあるので外からは見えにくいのです。
ジロはみんなの様子に何かを感じているらしく、おとなしく家に入りました。ミミちゃんは、“エエー!ヤダッ”と踏ん張りましたが、
「後でちゃんと行きますからね」
と抱えられてしまいました。門を閉めてリードを離しても、ミミちゃんはまあばあちゃんの足元にまとわりついています。ジロがミミちゃんの首をカプッとかむと、裏庭へ走って行きました。ミミちゃんは怒ってジロを追っかけて行きました。

「邦子、どないしたんや。」
お春ちゃんが、一番に口を開きました。
「お母ちゃん、ポストに離婚届、入ってた?」
みんな、シーンとなりました。
「な、なんで、それを……」
驚きのあまり、お春ちゃんの声はひっくり返っています。
「今ね、家に電話がかかってきたの。離婚届をポストに入れといたから、名前書いて役所に出しとくようにって」
「それ、昭雄さんから……」
「ううん。たぶんあの女の人の母親……」
「邦子、お母ちゃん、昭雄さんに文句言うてくるわ!」
お春ちゃんは、声も体もプルプル怒りで震えています。
「お母ちゃん、もういいの。そんなんやめて! 今日、役所に行ってくるから……」
邦ちゃんは、お春ちゃんを止めています。
まあばあちゃんは、どうしていいか分からず、ただ茫然としていました。


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大嫌い



「お春ちゃん、どうしたん!」
お豊ちゃんが、目を真っ赤にして涙を我慢しているお春ちゃんに驚いて言いました。
「お豊ちゃん、これがポストに入れられ取とってん……」
お春ちゃんは、そっと巾着袋を開けて離婚届を見せました。
「! ……」
お豊ちゃんは、言葉を失いました。
「わたし、邦子に、どない言うて……。この事、話したらええんやろ……」
お春ちゃんは力なく言いました。
まあばあちゃんも、ずっとその事で頭を悩ませていました。邦ちゃんの心の傷が軽く済むようにするには、どう言えばいいのか……。
それに、昭雄さんには言ってやりたいことが山ほどあります。自分がどんな大切な人を捨てたのか“あんなに、気立てが良くて働き者の奥さんをあんな目に合わせて、みんな昭雄さんの事を酷いと思っていますよ”それから……それから……
「そんなん、話すことないわよ! 破ってポストに返しといたらええのよ!」
いつもおとなしいお豊ちゃんとは思えない言葉に、お春ちゃんの涙は引っ込みました。まあばあちゃんもビックリしました。
「お豊ちゃん?」
「だって、そうじゃないの! そんなん離婚なんてしたらアカン、あの人らの思う壺じゃないの! あんな薄気味悪い人ら、私だって大嫌いや! 言う通りなんてしたらアカンよ!」
お豊ちゃんが、ポロポロ泣き出しました。まあばあちゃんとお春ちゃんは驚いて言葉が見つかりませんでした。
お春ちゃんが、ハッとしたように向こう側を見つめました。
「……邦子……」
まあばあちゃんとお豊ちゃんが驚いて振り返りました。
邦ちゃんが、こちらへ向かって走っていました。


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邦ちゃんの家



「まあちゃん、お春ちゃん、おはよう……。なかなか来ないから様子を見に来たんよ。」
お豊ちゃんはお春ちゃんの元いた家と同じ町内です。
「どうしたん? 二人とも元気ないよ……」
お豊ちゃんが心配そうに言いました。
「……うん……」

お春ちゃんが昭雄さんたちの様子をお豊ちゃんによく聞くのですが、その様子はなんとも妙なものでした。
邦ちゃんが昭雄さんに追い出された後、あの口汚い母親のほかに、七十歳くらいのおじいさんと十歳くらいの男の子がさらに居ついているという事です。さらに非常識なのは、お豊ちゃんのガレージの前に自動車を駐車したり、ゴミを家の入り口近くに積み上げたりと、他にも驚くような行動ばかりです。このゴミを積み上げた時、お豊ちゃんのご主人の堪忍袋の緒が切れて、めいっぱいお怒りました。日頃、口数の少ない人なので甘く見ていたのでしょう。それからはお豊ちゃんやご主人の事をさけるようになり、迷惑行為も減ったという事でしたが、視線を感じて、ふと見ると、家を覗いているというのです。

「ねぇ、昭雄さん、最近どないしてる?」
お春ちゃんは、離婚届の入っている巾着袋をキュッと握りしめて言いました。
「それが、いるのかいないか……、ここのところ見かけないのよ。」
「そうなん……」
「あっ、この前、私らよりちょっと若いぐらいの眼鏡かけた女の人にガミガミ言われていたわ。」
「言われっぱなしなん?」
「……なんか、ブスーッと不機嫌そうな顔して、あっちの空を向いてたわ。」
お春ちゃんは、お豊ちゃんの話を聞いて、眉をひそめると唇を噛み締めました。
邦ちゃんを追い出した後の様子を聞いて、悔しい気持ちでいっぱいなのでしょう。
まあばあちゃんは、お春ちゃんの様子に、いたたまれない気持ちでいっぱいになりました。


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Author:堺の町のまあばあちゃん
堺の町に住む、ひとりのおばあちゃんのお話です。
住み慣れた町の人々との交流や孫のトモちゃんや犬のジロとの生活を通して力強く生きていく姿を物語に書きたいと思います。 
宜しくお願いします。
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