一人じゃないよ



「そうよ。邦ちゃん。チビちゃんのお父さんの言う通り、人生は長いんだから、泣くだけ泣いて、すっきりしたら前を向いて歩くのよ。」
まあばあちゃんが邦ちゃんの手を握って言いました。
「はい」
下を向いたまま涙が止まらない邦ちゃんに、まあばあちゃんは、さらに言いました。
「それに邦ちゃんは一人じゃないのよ。ここに邦ちゃんの事を思ってる皆がいるじゃないの。」
「そうよ! 今までは尽くし続けた人生だったけど、これからはパーッと前向きに行こう!」
トモちゃんのお母さんが元気よく言いました。
トモちゃんのお父さんもオッチャンも頷いています。トモちゃんはどうしていいのか分からない様子で、心配そうに邦ちゃんを見ています。
「まあちゃん、何もかも本当に有り難う! まあちゃんにはいつも助けられるわ。」
お春ちゃんは涙ぐんで言いました。
「みなさん、ほんとに有り難うございます。」
邦ちゃんは涙で顔がクチャクチャになっていましたが、微笑みながら言いました。
その様子を見て、みんながホッとしているのが伝わってきます。
邦ちゃんは、ひどい目にあいましたが、みんなの優しさにふれて、きっと立ち直れると思います。

邦ちゃん、心の傷はなかなか癒えないでしょうが、邦ちゃん達のことを心配してる人がここにこんなにいるんだから、頑張ろうね!


●邦ちゃんのお話です。
  邦ちゃん
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邦ちゃんの涙



「おいしいね!」
トモちゃんが嬉しそうにお握りを頬張っています。
「ばあちゃんの料理はホンマにうまいな」
オッチャンの声も弾んています。
「久しぶりに動いて気持ちいいわ」
とお春ちゃん。
みんなパクパク食べています。とっても幸せそうです。
お春ちゃんの顔がフッと曇りました。
「どうしたの?」
まあばあちゃんがそれに気付いて聞きました。
「この家な、田口さんに相談したら気の毒に思ってくれはって、すぐに買うてくれたんやけど、隣があんなんで大丈夫やろか……」
すると、トモちゃんのお母さんが、
「大丈夫よ! 田口さんは不動産屋さんよ。強いもんよ」
「そやね! さっきはビックリさしてゴメンやで」
先程の小太りのおばさんの事を言っているようです。
「お春おばちゃん、何言うてんのよ。私も加勢しようと思ってたんよ。……邦ちゃん!」
邦ちゃんが俯いて涙をポタポタ落としていました。
「すみません。私のために皆さんにこんなに迷惑かけて……」
邦ちゃんは、涙声を押さえて喉の奥から絞り出すように言いました。
みんな、かける言葉が見つかりませんでした。
邦ちゃんの胸中を思えば、言葉が見つかるはずもありませんでした。
ご主人を思って、一所懸命つくして、最後にこの仕打ち……
慰めの言葉などありません。
最初に口を開いたのはオッチャンでした。
「邦ちゃん、何も気にすることはあれへんで、誰でも辛いことは経験してる。長い人生や。あんまり思いつめんと、辛い思い出は、この家にみんな置いていき」
邦ちゃんは胸に置いた手を握り締めて、肩を震わせて泣いていました。


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トモちゃんは大統領


「さあ、いただきましょうか」
まあばあちゃんがニッコリ言うと、みんなそれぞれにお握りを手に取りました。
「!?」
「!?」
「!?」
「!?」
みんな、ハッと一斉にトモちゃんを見ました。
「どうしたの?」
トモちゃんがキョトンとしました。そして、自分でハッと気が付いたようです。
「あはは、私、手を洗うの忘れてた」
そうなのです。みんなきちんと手と顔を洗って食卓を囲んでいるのに、トモちゃんだけ頭にタオルを巻いて、顔も埃が付いたままです。
「洗ってくる!」
トモちゃんは洗面所に走って行きました。
「顔も洗うのよ!」
トモちゃんのお母さん。
「はーい!」
元気な声が帰ってきます。
「みんなにエラそうに言って、自分が洗ってないなんて……。もう、口ばっかり達者で、すみません」
トモちゃんのお母さんがオッチャンに謝りました。
「アハハ、トモちゃんはアメリカで言うたら、大統領や。なんぼエラそうなこと言うても、可愛いもんですわ。」
と笑っていました。
お母さんに似て、しっかり者のトモちゃんですが、まだまだ子どもですね。


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いけない子



「オッチャン、手を洗わなくちゃダメでしょ!」
と、トモちゃんが大きな声で言いました。
「ね! チビちゃんのお父さんはお手手を洗わない。いけない子ですね。」
と、トモちゃんがチビちゃんに頬ずりしながら言いました。
「ほーい」
と、オッチャン。
「お父さんもお母さんも手を洗わないとダメよ!」
「はいはい」
お父さんとお母さんは、クスクス笑って返事しました。
「お父さんもお母さんもいけない子でしゅね。ね? チビちゃん。」
トモちゃんはチビちゃんを体で優しく揺らしながら言いました。
「すみませんね。うちの娘がごちゃごちゃ言うて。」
とお父さんが、先に手を洗って洗面所から出てきたオッチャンに言いました。
「私も今から手ぇ洗ってきますわ。」
そう言いながら、お父さんはお母さんを促して洗面所に行きました。

トモちゃんの言っている“いけない子”は、まあばあちゃんがトモちゃんを躾するときによく口にしていた言葉です。
“生き物を大切にしないのは、いけない子”
“ばばちぃお手手で食べる子は、いけない子”

おばあちゃんに育てられたトモちゃんは、いつもの間にか、まあばあちゃんの口ぐせが移ったのですね。


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最後のお昼ごはん



「お昼ご飯にしましょう。ちょっと早いけど、お腹すいてると思って持って来たの。温かいうちに食べましょう」
まあばあちゃんでした。邦ちゃんも一緒です。
「あっ、ばあちゃん、待ってたで、まだ11時やけど腹減って、しゃーないわ。」
「おばあちゃん、オニギリ? 卵焼き焼いてくれた?」
「たくさん作って来たわよ。ささ、家に入りましょう。」
さっきまでの悪い空気が、キレイになっていくようです。
トモちゃん達はまあばあちゃんに促されて、家の中に入って行きました。厚かましい小太りのおばさんは、口をへの字に曲げて、忌々しげにまあばあちゃんを見ていました。

「動くと暑いくらいだけど、家の中は涼しいね。」
とトモちゃんが、嬉しそうに言いました。
「昔の家やからねぇ。風通しはいいのよ。」
お春ちゃんが寂しそうに言いました。お春ちゃんは、邦ちゃん達夫婦の家には張り込んでリフォーム代も出してあげたのです。自分の住んでる家は買った時のままなのに……。
「私の家と同じだね。暑い日も家の中は結構涼しいの」
トモちゃんがニッコリ笑いました。トモちゃんの家も昔ながらの古い家です。器用なお父さんが補強したり修理したりしながら、そのまま使っています。
「お春ちゃん、座って座って。」
「まあちゃん、お昼ご飯作ってくれたんやね。ありがとう」
「そうよ。みんなお腹空かしていると思って……。」
「ありがとう、今日でこの家に来ることないから……。最後にみんなで楽しい食事が出来て……。私、ホンマに嬉しいわ……」
そう言うと、お春ちゃんは涙を拭いました。
「お春ちゃん……」

「わし、ばあちゃんのメシ大好きやねん。引っ越しの手伝いして良かったわ~」
最後に家に入ってきたオッチャンが、弾んだ声で言いました。
「冷たいお茶も作って来たの。一息入れましょ」
そう言って、シルバーカーからポットを取り出しました。
シルバーカーの中には、トモちゃんの大好きな卵焼きに、ウィンナーに、おでんもあります。オニギリは、おかかに、梅干しに、サケ、ツナもあります。
「わ! 美味そうやな!」
まあばあちゃんと邦ちゃんが手際よく食卓に並べていきます。
「ばあちゃん、ようさん作ってくれたんやなあ」
オッチャンが感心して言いました。
まあばあちゃんは、頑張ってる皆のために、朝から一生懸命作ったんでしょうね。
ふんわり温かいオニギリに、まあばあちゃんの優しさが伝わってきます。


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怖い人たち



邦ちゃんのご主人と女の人は、トモちゃん達の引っ越し作業を、ジーッと見ていました。
まるで銅像みたいに動きません。生きてるんでしょうか?
さっきまでワイワイしながら運んでいたのに、みんな必要な会話しかしなくなりました。
トモちゃんは自分たちを不躾にジーッと見る二人に、(私たちはパンダじゃないです!)と言いたくなりましたが、あんまり不気味な二人に怖くて言えませんでした。目に映らないようにして、トラックと家の間を行き来しました。
 お隣からバタバタ、バタンバタンと大きな音がしました。ビックリして見ると、小太りのおばさんが出てきました。年恰好からするに女の人の母親でしょうか?
「ちょっと! おたくらここ出て行くの?」
といきなりトモちゃん達に聞いてきました。
「あっ、あんたらは手伝いか。ほんなら、私らここに住むから、私らの引っ越しの時も頼んどくわ」
「――――」
「――――
「――――」
「――――」
みんな絶句しました。頭が真っ白になりました。
何がどうなって、そうなるんでしょう。
邦ちゃんの家だっておかしいのに、ここはお春ちゃんの家ですよ。
「この家はアンタらのもんじゃないで! ええ加減にしいや! それから、昭雄さん、その家の頭金は私の主人が出したんやからね。ちゃんと返してよ!」
お春ちゃんの体は怒りでブルブル震えていました。その様子を見ても、ご主人と女の人はボーっとしています。小太りのおばさんは不満げな顔で
「なんやけちくさい。使わんのなら、使うたろう言うてるだけやがな」
トモちゃんはこんなに怒っているお春おばあちゃんを見たことがありません。トモちゃんが怒られてるわけではないのにビクビクしてしまいます。ハッと小太りのおばさんの後ろにいる女の人を見ると、さっきまで無表情でこちらをジーッと見ていたのに、今度はニヤニヤ笑っていました。トモちゃんはゾクッとしました。
邦ちゃんのご主人はこの人の話を聞いていて、何とも思わないのでしょうか?



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トモちゃんも見た



「せーので。はい!」
と掛け声をかけながら、トモちゃんとお父さんとお母さんがタンスや本棚、冷蔵庫などをトラックに運んでいます。大きな家具の隙間にトモちゃんが掃除機や本、衣類の入ったビニール袋を挟んでいきます。そうすると、家具同士のクッションになりますね。
「なんや。トモちゃん、引っ越しの手伝いか?」
「あっ、オッチャン」
トモちゃんが振り返ると、ニコニコ顔のオッチャンがいました。
その時、お父さんとお母さんがベッドを運んできました。オッチャンは慌てて自転車を立てて、チビチャンをぽいっとトモちゃんに渡すと、
「わしも手伝いますわ」
と言って、トモちゃんのお母さんと交代してベッドを運びました。これは大きな戦力です。オッチャンが参加してからドンドン仕事がはかどります。
「オッチャン、ありがとう!」
「なんのなんの!」
トモちゃんは背後から重い視線を感じて振り向くと、男の人と女の人が立っていました。男の人は見たことがあります。邦子おばちゃんの旦那さんです。女の人は初めて見ました。トモちゃんは、
「こんにちは」
と言って、ぺこりと頭を下げましたが、旦那さんはボーっとしていて、女の人はトモちゃんの事をジーッと見ていました。この人の視線を感じたようでした。
(薄気味悪い人だなぁ)
トモちゃんはどうしていいか分からなくなりました。
「トモちゃん、どうした?」
トラックの荷台から降りてきたお父さんでした。トモちゃんの視線を追うと、突っ立っている二人がいます。トモちゃんのお父さんも頭の低い人ですが、二人には挨拶せず、家に入って行きました。オッチャンもお母さんもしませんでした。トモちゃんはその場の緊迫感に飲まれてそっとトラックの陰に隠れました。


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引っ越しの日



今日は日曜日、お春ちゃん達が引越す日です。
お春ちゃんの引っ越しを、トモちゃんのお父さんとお母さんが手伝ってくれることになりました。
「うちトラックあるし、お手伝いするわよ!」
まあばあちゃんが邦ちゃん達の引っ越しが決まったことを話したら、引っ越しの手伝いをすると言ってくれたのです。

「お母ちゃん、私、先に邦ちゃんの家に行ってくるよ。」
とトモちゃんのお母さんが元気よく言いました。
「ありがとう! ごめんね。休みの日なのに……」
「なに言ってるの。 行ってきます。」

まあばあちゃんはあの日から荷造りを手伝っていました。タンスからお洋服を出してビニール袋に詰めたり、食器を新聞紙にくるんで箱に詰めたりと引っ越しの下準備もやることが多いです。運べるものはシルバーカーに入れて少しずつ運びました。すぐに必要な物は揃えて、もう寝起きは新しい家で始めています
お春ちゃんは今まであった色んなことを話し始めました。それを聞きながらまあばあちゃんは手際よく片付けていきました。
時にはあったかいお茶と甘いお饅頭で一服しながら……
そして、今日は一気に家財道具を以前のお家から、新しいお家へと運びます。
お春ちゃんの新しいお家は、まあばあちゃんのお家に近くなりました。たくさんお話ししましょうね。


●邦ちゃんのお話です。
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協力



「まあちゃん、まあちゃん! 引っ越し先決まったの! 安くで借りられることなったわ!」
「まあ! 昨日の今日でよく見つかったわね。」
まばあちゃんは、ホッとしたのと同時にあんまり早く解決した事に驚きました。
「そうでしょう? 私もビックリよ。邦子がここで暮らすって言うから、私も覚悟を決めて近所の人にも引越すこと相談したんよ。」
「そう……」
邦ちゃんの家の事情を話すことは、よっぽど覚悟が必要だったでしょう。相手にどんな反応されたかも心配になりました。
「私、事情を知られるの恥ずかしかってんけど……。邦子の家に女の人が出入りしてる事、みんなとっくに知ってはったわ……。」
「そう……」
「私、恥ずかしくて、隠してるつもりやってんけど……、毎日やもんね。噂になってたみたい。」
トモちゃんのお母さんも、まあばあちゃんが気づいた時には、もう知っていました。あの女の人は悪い意味でとても印象深い人でしたから、無理のない事かも知れません。
「みんな、心配してくれてたみたい……。それで早く決まったんよ。少しでも早く引越したかったから助かったわ。」
みんな、お春ちゃん達の事を心配していたのですね。

よその土地に越すことは年寄りにはきつい事です。
邦ちゃんの立場なら、ご主人の顔を見なくてすむ遠くへ行きたいでしょうに、親孝行な邦ちゃんはこの町にとどまることに決めました。
まあばあちゃんは邦ちゃんの優しい気持ちに涙がじんわりしてきました


●邦ちゃんのお話です。
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いい事がありますように……


「おかえり! お茶しよう!」
家に帰ると、お母さんがお茶を用意してくれてました。今日は、お母さんはお仕事、お休みのようです。
「恭子ちゃん……、邦ちゃんね……」
まあばあちゃんはお母さんに、お春ちゃんと邦ちゃんの事を話しました。
「……そう、引越すの……」
恭子ちゃんがしんみり言いました。
「いいお家が見つかるといいけれど……」
まあばあちゃんは心配そうです。
「ほんまやね。一日でも早く引越したいやろうしね。」
ご主人が女の人と一緒にいる家の隣に住むのは身を切られるように辛いでしょう。
「邦ちゃん、今まで、よう我慢したよね。ホンマに可哀想……。邦ちゃんのご主人、あんなジーッとした幽霊みたいな女の人のどこがいいねんやろ……」
まあばあちゃんもそう思いました。明るくて優しい邦ちゃんとは比べるのも失礼なくらい不気味な女の人です。
「それで、お春ちゃんがね。いいお家があったら教えてほしいって。……二人で暮らすから、こじんまりしたお家がいいみたい。早くあの家を離れたいと思うから、私も探そうと思うの。」
「そうよね。情報が多い方が選びやすいもんね。私も探すわ」
「ありがとう」
まあばあちゃんは、恭子ちゃんが協力してくれると聞いてホッとした様子です。お家を探すなんて大変ですものね。
「でも、あんなに仲良さそうやったのに。……人生ってどこで狂うのか分からへんね。」
全くです。
ご主人があの女の人を助手席に乗せ、邦ちゃんを置いてけぼりにしたあの光景を思い出すたびに、心臓がキュッとなります。
「でもね。邦ちゃん、いい人だもん。こんなに悪い事が起こった後は、きっといいことがあるわよ。そうでなくっちゃ、たまらないわ。」
まあばちゃんもそう思いました。
まあばあちゃんは二人に良い事が起こりますようにと、そっと祈りました。


●邦ちゃんのお話です。
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まあばあちゃんの後悔


まあばあちゃんは、あの時もっと違う言葉をかけられたら、こんな事にはならなかったのではと後悔しました。
邦ちゃんは、まあばあちゃんが勇気づけたことで、ご主人に自分の気持ちを伝えると言っていました。まさか。“出て行け″と言われるなんて……
邦ちゃんの心はご主人には全く届かなかったのですね。
お春ちゃんと邦ちゃんは、これから親子二人で肩を寄せ合って生きていかねばなりません。
蓄えも、ご主人と女の人が使ってしまって、余裕がもうないと言っていました。
それでも、ご主人の隣の家で暮らしていくのは二人にとって大変な苦痛でしょう。

お春ちゃんと邦ちゃんは大きな決断をしました。というよりも、決断せざるを得なかったでしょう。
ご主人は、邦ちゃんを追い出した後も、邦ちゃんに家の用事を言いつけるのですから……
あんまりです。
邦ちゃんは女中ではありません。自分の奥さんなのですよ。
ご主人の頭の中を見てみたいとまあばあちゃんは思いました。

お春ちゃんのご主人が健在で、邦ちゃんがお春ちゃんの隣に越してきた頃は、こんなことになるなんて思いもしませんでした。

―――結局、なんの力にもなれなくて、ごめんね。邦ちゃん―――
まあばあちゃんは、暖かい春の日差しの中を、トボトボと力なく歩いています。ジロとミミちゃんが心配そうにまあばあちゃんを見ています。

まあばあちゃんは、気立てが良くて働き者で、コロコロとよく笑っていた当時の邦ちゃんを思い出して、泣けてきました。


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新しいお家は、近くがいいな!


「それでね。まあちゃん。今度住む家もこの近くがええなと思ってねん」
「そう……」
本当に辛い事です。お春ちゃんは邦ちゃんのご主人の事を〝うちの息子″と言って大切にしていましたが、こんなことになるなんて……
「なんで、まあちゃんがションボリしてんのよ」
「……だって……」
「邦子がね。知らない街よりこの町のどこかがいいって言うのよ。」
「お春ちゃんの事、考えてるのよ。邦ちゃん、優しい子だから」
「私もそう思う。」
「せやけど、人ってあっという間に変わってしまうもんやね。あの女の人が来てから、ムコさんは別人や……。まるで、言いなりや……。邦子の事、イジメまくりよる。」
女の人というのは、ご主人が定年後に始める仕事に必要という事で連れてきた人で、邦ちゃんはその人の世話をさせられていました。あまりに長く続くので、嫌だと言ったら出て行けと言われたのです。
「今から思うと、ムコさんは、カッコエエし、ええ大学出てるし、私、色眼鏡がかかってたんやなと思うわ。こうなってムコさんを見て見ると、邦子の事は女中扱いやし……」
お春ちゃんは疲れたように言いました。
「邦子な。この前からヘルパーの資格を取りに行ってるねん。もうすぐその資格がもらえるんよ。」
「そう、邦ちゃん、頑張ってるのね。」
「うん。あの子はいつも頑張り屋さんや。せや、まあちゃんもこの辺りでいい家があれば教えてね。邦子と二人で暮らすんだから。小さくて古い家でもいいのよ。宜しくね。」
そう言う、お春ちゃんは、寂しそうだけど、どこか吹っ切れた様子に見えました。


●邦ちゃんのお話です。
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お春ちゃんのお引越し



トモちゃんの学校が始まると、まるで灯が消えたように思うまあばあちゃんですが、道端のキレイな花を見ながらジロとミミちゃんと一緒にお散歩していると、あったかい気持ちになってきます。
「まあちゃーん」
「あ、お春ちゃん。暖かくて気持ちいいね。」
「ん……」
いつものシャキシャキしたお春ちゃんではありません。思いつめたような面持ちです。まさか……、
「まあちゃん、私ら引越そう思うのよ」
「私ら?」
「この前、話したこと覚えてる?」
「え、ええ……」
まあばあちゃんは言葉に詰まりました。きっとあの事です。思い出すと、邦ちゃんが可哀想で涙が出そうです。
「今、邦子、こっちの家に来てるねん。ムコさんに出て行けって言われてん……」
「ええ!」
まあばあちゃんは動揺しました。あの時、
―――そんなことするのは嫌だと言ってみたら―――
まあばあちゃんは邦ちゃんにそう言いました。あのままじゃ、邦ちゃんがあんまり苦しいと思ったから……。でも、それは邦ちゃんのご主人に目を覚ましてほしいと思ったからなのに……
「わたしが、邦ちゃんに、余計なこと言ったから……」
「ううん。何言うてんの。邦子かて、いつまでもあの女の人のご飯作ってられへんわ。」
「ごめんね。ごめんね。お春ちゃん、わたし、邦ちゃんになんて言ったらいいのか……」
「まあ、まあちゃん、聞いてよ。それがよ、あのムコさん、邦子に出て行け言うといて、飯作りに来いだの、車洗えだの。家が隣やから呼びつけてばっかりおんねん。たいがいやろ? それで、引越そう思うの。」
まあばあちゃんは喉からカラカラになって声が出ませんでした。

●邦ちゃんのお話です。
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ミミちゃんとお散歩仲間


桜の花も終わって、まあばあちゃんの住む堺の町は優しい色合いの葉桜に変わってきました。トモちゃんが小さい頃、「桜餅みたい」と言って喜んでいました。
その間に力強く咲く八重桜が顔をのぞかせています。家々の小さなプランターには赤や黄色のチューリップの花が色鮮やかに咲き誇っています。
今朝も朝早くまあばあちゃんはシルバーカーを押してお散歩です。暖かい春の日差しに爽やかな風が緩やかに吹いています。
今日のミミちゃんは、シルバーカーを降りて、ジロの足元をチョコチョコ歩いているかと思うと、急にまあばあちゃんの所へ来てシルバーカーでひかれそうになります。ジロはとっても歩きにくそうだし、まあばあちゃんもちょっと大変です。でも、雪のように白くフワフワもこもこで、仕草がとてもキュートなミミちゃんは、お散歩仲間の人気者です。
「ミミちゃん、ミミちゃん」
と口々に呼ばれて頭を撫でられたり話しかけられます。それに応えて、ミミちゃんは、チョンとお座りしたり、クルクル回ったり、思わずほほえんでしまう可愛さです。
そんな時、ジロはちょっとションボリしているように見えます。
ジロは、
「ジロちゃん」
と呼ばれても、マゴマゴしています。ジロは優しくてとってもお利口なのですが、ミミちゃんのようには出来ないようです。
まあばちゃんはそんな不器用なジロの姿に自分の幼い頃を重ねます。
だから、まあばあちゃんはお散歩のお友達がミミちゃんと遊んでいる間、ジロの頭を撫でています。ジロは嬉しそうにシッポを振ります。
まあばあちゃんは、みんなにジロにもミミちゃんみたいに接してほしいなと思いました。

今日、出会うお散歩のお友達は、ジロの名前をたくさん呼んでくれるでしょうか?
あら、向こうからタロちゃんが来ましたよ!


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オッチャンの堺


「どうして、お家無くなったの?」
トモちゃんはドキドキしながら聞きました。
「兄弟も家、みんな出とるしな。親もこっちに出てきたらな。トモちゃん、ビックリしたか?」
「ビックリした……」
「どこも似たようなもんみたいやな。せやから、あんまり集まらへんかったんやなぁ。」
「そうなんだ……」
トモちゃんはどう返事していいか分かりませんでした。トモちゃんはずっとここで生まれ育ったので、故郷を離れるという事がどういうことかよく分かりませんでした。
「わし、今、六十五才になるねん。中学出て、すぐにこっちで働いたから……なんぼや、もう五十年経ってしもたんやなぁ。向こうにおんのより、こっちに住んでる方が長いんやで。なぁ、トモちゃん」
「同級生の人と会って、楽しかった?」
トモちゃんは返事に困って、質問することにしました。
「久々に会うたら、みんな、ジイサン、バアサンになってて誰が誰やら分からんかったで。」
「へぇ……」
いつもと違って、なかなか会話が弾みません。
「あれやな、トモちゃん、あれ」
「なに?」
トモちゃんはキョトンとしました。あれってなんでしょうか。
「住めば都って言うけど、ホンマやな。ここに来てすぐは、方言は違うし、なんやイロイロ大変やったけど、夢中で働いて、小さいけど家も買えたしな。それに……。」
オッチャンはチビチャンの頭を撫でながら、
「ここで、嫁さんと一緒になれたしな。それが一番や。……わしな、田舎に帰ったことで、この町がわしの故郷なんやなって事がよう分かったわ」
トモちゃんは、オッチャンは故郷よりもこの堺の町が好きなんだという事は分かりましたが、良い言葉が見つからないので、ニッコリ笑いました。
「せや、向こうは魚がうまいから、ええのがあったんで送ってくれるよう頼んだぁるねん。楽しみにしといて! ほな帰るわ。弁当うまかったって、ばあちゃんに言うといてな!」
「ええ! オッチャン! いっぱいすぎるよ」
「ええねん。ええねん。トモちゃんらの嬉しい顔がオッチャンは一番嬉しいねん。」
「ありがとう!」
オッチャンは手を振って帰って行きました。

トモちゃんは楽しい話がたくさん聞けると思ったのに、オッチャンからは、そんな話は出ず、なんだかモヤモヤしたものを感じました。タロちゃんのお母さんや他の人から聞く田舎の話は楽しそうなのに、なぜでしょう?
それは、きっと、久しぶりに訪れた故郷が、オッチャンの思い出とずいぶん違っていて、懐かしく感じることが出来なかったからでしょう。
ダムを作ったり安全のために道路が良くなったり、崖崩れなどの補修は大変すばらしい事ですが、思い出の小川や木々など、風景が変わってしまうのは寂しい事ですね。



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オッチャンの里帰り


二、三日してオッチャンが同窓会を終えて郷里から帰ってきました。
「トモちゃん、おおきにな。コレみんなで食べて。」
お土産の入った袋をトモちゃんに渡しました。
「わぁ! たくさん! ありがとう」
チビちゃんがオッチャンに飛びついています。
「チビ、ただいま。ええ子にしとったか?」
とチビちゃんを抱き上げると、頬ずりしました。チビちゃんもめいっぱいシッポを振っています。
「どうだった? 楽しかった?」
「十五、六人しか集まらんかったわ。死んだやつもおるしな。なかなかあっちまで同窓会のために行けるヒマなモンはおらん言う事やな。」
オッチャンは淋しそうに笑いました。
「でも、景色は綺麗だったでしょ?」
「せやな~。キレイはキレイやけど、昔の方がもっと良かった気がするかなぁ。不便やったけどなぁ。なんちゅうか…どこも小ぎれいになって、見分けがつかん言うか……。まあ、もう家も無いしな。」
「えっ? 家、無いの!?」
トモちゃんはビックリしました。


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故郷へ行く前に


「ただいま! おばあちゃん! チビちゃんがいるけど、どうしたの?! オッチャンどうかしたん?」
トモちゃんが慌てた様子で、まあばあちゃんに聞きました。
「ああ、違うんよ。同窓会で郷里へ帰らはるんよ。」
「あ…。そうなんだ。ビックリした~。オッチャン、入院でもしたんかなって思ったよ。……ん? いい匂い。」
トモちゃんがお弁当のあまりをつまみ食いしました。
「これ!」
「えへへ……」
「夜行バスで帰らはるらしいから。晩に食べてもらおうと思って、お弁当作ったの。」
「もう出来てるん? 私も一緒に届けに行くよ。おいで♪」
トモちゃんはジロ達を庭へ呼びました。ジロ達も連れて行くつもりのようです。いつものことですが、一度にまとわりつくので大変です。しかもチビちゃんまでいるのでいつもよりハタハタしています。
「こらこら、一人ずつよ~」
とはいえ、慣れた手つきで、さっさとリードをつけ終えました。
「おばあちゃん、行こう!」

玄関を出ると、向こうからオッチャンが歩いてきました。
「あれ、オッチャ-ン。」
「トモちゃん。」
「どうしたの?」
「出かける前に、チビの顔見て行こう思うてな。」
「大丈夫よ! チビちゃんの事なら。ね!チビちゃん」
「なあ、トモちゃん。大阪から行くんやったら。どんなお土産がええやろう?」
「お土産? うーん。おこし? たこ焼き?」
「たこ焼きねぇ……」
オッチャンはピンと来ないようです。
「小島屋のけし餅は?」
「それええな!」
「じゃ、はい!これ。おばあちゃんが作ったお弁当! バスで食べてね!」
「ええ! 弁当、作ってくれたんか!」
オッチャンは嬉しそうにトモちゃんからお弁当を受け取りました。
「わしは幸せもんやなぁ」
オッチャンはジーンとしてお弁当を見つめていました。
「ほな、ばあちゃん、トモちゃん、チビの事、宜しゅう頼みます。」
そう言うと、オッチャンは大きな手でジロとミミちゃんとチビちゃんの頭を撫でました。そうして小さなボストンバックを肩に掛けなおすと、駅の方へ向かって行きました。
「懐かしい人たちと会って、沢山お話しできるといいわね。トモちゃん」
「そだね。きっと楽しいよ。」
トモちゃんとまあばあちゃんはオッチャンの後ろ姿を見送りながら言いました。
まあばあちゃんはオッチャンが良い旅が出来るようにと、そっと祈りました。


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チビちゃんのオッチャン


まあばあちゃんは、郷里に帰るチビちゃんのオッチャンのためにお弁当を作っています。

オッチャンは奥さんを亡くして、それからずっと一人です。子宝には恵まれませんでした。
オッチャン夫婦は近所でも評判の仲の良いご夫婦でした。一緒に旅行に行ったり散歩をしていたり、いつも幸せそうな姿を見かけました。
それだけに奥さんを亡くされた時は、ひどく落ち込んでいると聞きました。生前一緒に世話していた農園でボンヤリしていると聞きました。
その頃、まあばあちゃんはジロを家族に迎えて、散歩の距離が以前より少しずつ長くなっていきました。ジロがとっても上手に歩くので一人で歩くよりも歩きやすいのです。
そのうち農園の前を毎日通るようになり、オッチャンと挨拶するようになりました。
ある日、
「ばあちゃん、キャベツ持って帰らんか?」
と言ってくれました。次の日は
「きゅうり持って帰らんか」
と度々言ってくれるので、こんな頂いては申し訳ないと言うと、
「どうせ、ほってしまうんやから、遠慮せんといて」
と、ポンポンと入れてくれました。
そこで、まあばあちゃんは、手作りドレッシングかけた野菜サラダを届けることにしました。
まあばあちゃんの手作りドレッシングは、まず玉ねぎをみじん切りにします。トモちゃんがいる時はフードプロセッサーで細かくしてくれます。トモちゃんもこのドレッシングが大好きです。玉ねぎが細かくなったらボールに移し、醤油と砂糖を少々。そこにお酢をちょっと多めに加え、最後はすりゴマを好きなだけ入れてグルグル混ぜれば出来上がり。まあばあちゃんはいつでも目分量です。
オッチャンに届けると、大好評でした。
それから、頂いたキャベツやサツマイモで作ったオカズやお菓子を届けるようになりました。
まあばあちゃんがお弁当に梅干しを添えました。
「さぁ! できましたよ」
まあばあちゃんの手作り弁当が出来上がりました。


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オッチャンとチビちゃん



「お豊ちゃん今日はごちそうさまでした。」
「私も、ごちそうさまでした。」
とお豊ちゃん。
「じゃあ、そろそろ行きましょうか。」
「わたし、もう少しここにいるわ。明日も今頃、公園来る?」
「そうねぇ、時間は分からないけど……」
まあばあちゃんはいつもパタパタしています。
「また、会えたらお茶しましょ!」
お豊ちゃんはニッコリ笑って、言いました。
「じゃあ、またね」
と二人は手を振りあって別れました。
まあばあちゃんが公園の出入り口で振り返ると、桜が雪のようにお豊ちゃんに降り注いでとっても綺麗でした。

お豊ちゃんと別れた後、
ミミちゃんとチビちゃんはシルバーカーで仲良く寝ています。そっと手を入れてみると、ほっかほかです。
チビちゃんは、寒い冬の日に外に放り出され、毛布の一枚も入れてもらえず、エサも忘れられて、ガリガリになって震えていました。
散歩のお友達の間でも、チビちゃんは〝小さな犬″と呼ばれて、噂になっていました。
まあばあちゃんとトモちゃんも助けたくて、ご飯をあげたり、お水をあげたりしてお家の人に会える機会を待ちましたが、なかなか会えずに困っていました。それを知ったオッチャンは一晩待って、チビちゃんのお家の人からチビちゃんを譲り受けてくれました。あのままだったらチビちゃんはもう生きていなかったかもしれません。

今晩、オッチャンは福井県の郷里に帰る時夜行バスを使います。
まあばあちゃんはオッチャンのためにお弁当を作ろうと思いました。


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仲良くね!



「あれー。えらい吠えだしたなぁ。ミミちゃんはチビが嫌いかぁ……」
オッチャンは弱ったなぁというようにミミちゃんを撫でました。
「うちで預かれればいいんだけど……。うちの人、動物嫌いだから……」
「ううん。大丈夫よ……」
とまあばあちゃんは自信なさげに言いました。
キャンキャンワンワンと二匹が鳴きあうので、話も聞こえにくいです。
三人は思わぬことに黙ってしまいました。
お散歩で偶然会った時も仲悪くなかったのに、どうしたのでしょう?
ジロがゆっくり立ち上がりました。そして、
キャンキャン鳴いているミミちゃんをお鼻でチュンチュンして、チビちゃんをペロペロなめると、二人とも今までの事がウソのように、おとなしくなりました。
「あら!」
とまあばあちゃん、
「へぇ!」
とオッチャン、
「すごい!」
とお豊ちゃん。
今までのケンカはなんだったのでしょう? 
「ジロが仲良くしようねって、言ってくれたのね。有り難うね!」
まあばちゃんは感動してジロに抱きつきました。ジロはゆっくりシッポを振って、まあばあちゃんの頬をペロペロなめました。
「おまえは、ホンマにかしこいなぁ」
オッチャンが感心してジロの頭を撫でました。
「仲良うなってくれて、ホンマに助かったわ。ばあちゃん、無理言うて、ごめんなぁ。ほな、チビのこと宜しゅう頼みます。」
そう言って、チビちゃんの頭を撫でると、オッチャンは帰って行きました。
「まあちゃん、見て、さっきまであんなにケンカしてたのに、ジロちゃんのお腹で仲良く寝てるわ。可愛い~! ジロちゃんの赤ちゃんみたい。」
お豊ちゃんが目を輝かせて言いました。
「ほんとね! ジロは男の子だけど、お母さんもしてるのね!」
まあばあちゃんもほほえましいジロ達を見てニッコリしました。


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初めてのお泊り



「じゃ、わたしアンマ屋さん行ってくるわ。まあちゃん、行けへん?」
「わたしは、そろそろ洗濯物取り込まないとあかんの……」
「そう…」
お春ちゃんは残念そうです。でも、お春ちゃんもまあばあちゃんが家事でパタパタしているのを知っているので、それ以上は誘いませんでした。しばらく考えていましたが思いついたように、
「お豊さんは?」
「わ、わたし!?」
「行かへん?」
お豊ちゃんはお春ちゃんが苦手なのでドギマギしています。そこへ、
「あ! あんた! もうあそこのアンマ屋さん行ったん?」
お春ちゃんのお友達らしい人が声をかけてきました。
「今から、行こう思ててん! あんた、あれ、どないなったん?」
「ああ、あれ! あれなぁ……」
とお春ちゃんは、その人と行ってしまいました。

「じゃあ、私たちもそろそろ行きましょうか。 あら?」
向こうからオッチャンがチビちゃんと歩いてきます。
「ばあちゃん、ここにおったんか。家に寄ったら、ピンポン押しても誰も出てきてくれへんから。公園かな思って。トモちゃんは?」
「トモちゃんは、今日は学校ですよ」
「……そうか……」
オッチャンは困ったような顔をしました。
「どうしたの?」
「わしな、この間、同窓会のハガキ来た言うたやろ。不参加にしたんやけど、電話がかかってきてな。行くことにしてん。それでトモちゃんにチビの事、預かってもらわれへんかな思ってな」
オッチャンの話を聞いて、まあばあちゃんは
「大丈夫ですよ。チビチャンなら。」
「それが、二日ほど家を空けるんや」
チビちゃんがちょんとまあばあちゃんの膝に足をかけました。
「チビちゃん、とうちゃんは、二日ほどお出かけだって、おばあちゃんの家でお利口に待っていましょうね。」
まあばあちゃんがチビちゃんを抱きあげました。
すると、それに気付いたミミちゃんがチビちゃんに吠えました。チビちゃんも負けじと吠え返します。
ジロはあきれた顔をして二匹を見ています。

チビちゃんの初めてのお泊り先行き不安です。
大丈夫でしょうか?


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●お豊ちゃんがお春ちゃんを苦手に思っているのは……
  お豊さん
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おばあちゃんたちのお花見


「あら、まあちゃん達、何してるの? 私も誘ってくれたらいいのに」
と、お春ちゃんがまあばあちゃん達に近づいてきました。
「二人とも、桜を見に来て偶然あったんよ。お春ちゃんも、あったかいからお花見しに来たんでしょ?」
まあばあちゃんが答えると、お春ちゃんは
「違うわよ。私、この先にできたアンマ屋さんに行こうと思って出てきてん。そしたら、アンタらが二人でお花見してるから。誘ってくれたら良かったのにと思ったんよ。」
お春ちゃんはちょっと不満げです。
「お春ちゃんも急がないんだったら、一緒に見ましょうよ!」
お春ちゃんは、ちょっと首を傾げてから、
「急ぎの様なんか、私らの年になったらないわよ。私も仲間に入れてもらうわ」
そう言って、お春ちゃんはまあばあちゃんの隣に座りました。
「はい、お春ちゃん、どうぞ。」
まあばあちゃんが持っていた桜餅をお春ちゃんに差し出しました。
「おいしそう! これ、まあちゃんが作ったの?」
「ううん。桜の下で頂いたら、おいしいだろうなと思って持って来たの。」
お豊ちゃんが慌てて
「お茶もあるのよ!」
そう言いながら、コップにお茶を注ぎました。お茶を飲んでほっこりしていると、
「あら、お茶に桜の花びらが入ったわ!」
とお豊ちゃん。
「あ! 私も! 入ったわ! 見て見て」
とお春ちゃん。まあばあちゃんが羨ましそうに見ていると、
―――ひらり―――
とひとひら、まあばあちゃんのコップにも花びらが入りました。
「あら! 私にも入ったわ。 ふふ、きれいねぇ」
三人とも大喜びです。

春の昼下がり、楽しいお花見になりました。


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公園のお花見


まあばあちゃんは月曜日の昼下がり、公園の桜の木の下でお花見をしていました。うつらうつらしてくるような暖かな陽気です。透き通るような美しい青い空に満開のピンクの桜がよく似合います。
お昼代わりのお饅頭とちょっとしたお菓子を持ってきました。シルバーカーに暖かいお茶も入っています。ミミちゃんはシルバーカーの中に敷いたキティちゃんの座布団で丸くなって寝ています。ジロはまあばあちゃんの足元でフワフワした顔で寝ています。今日はトモちゃんも出かけてしまったので、一人でお花見です。二人でわいわい言いながら桜を眺めているのもいいけれど、こうして一人で桜を眺めていると幻想的で不思議な世界へ誘われているようです。
「まあちゃん!」
お豊ちゃんです。
「あら!」
「今日はあったかいから、日向ぼっこしてるんじゃないかと思って来たの!」
お豊ちゃんが嬉しそうに言いました。
「そうなのよ。近頃は花冷えで……。今日はゆっくり見れると思って。」
「ほんと綺麗ね。こうして見上げると、吸い込まれそうよ」
お豊ちゃんの目に涙が光りました。
「どうしたの?」
まあばあちゃんは慌てました。
「ううん。なんでもないの。ちょっとお母ちゃんのこと思い出して。私、子どものころにお母ちゃんを亡くして、顔もおぼろげなんやけど。満開の桜を見ると、私を抱きあげて一緒に桜を見上げていたのを思い出すの。」
「……そう……」
まあばあちゃんは、ちいさく頷きました。まあばあちゃんのお母さんは冷たい人だったので、お豊ちゃんのように暖かい思い出はありません。まあばあちゃんの様子に気付かずお豊ちゃんは話を続けます。
「おかしいわね。もうお母ちゃんの亡くなった年をうーんと越えてるのに。お母ちゃんって、いつまでもお母ちゃんなんやね。」
「……ほんとうね……」
まあばあちゃんはお豊ちゃんが羨ましく感じました。まあばちゃんにはお豊ちゃんのような思い出はありません。厄介者扱いでした。
お豊ちゃんは、うっとり桜を見ています。
お豊ちゃんは桜の花に亡くなったお母さんを見ているのかもしれませんね。
まあばあちゃんはそんなお豊ちゃんを見ているのが居たたまれなくなって、声をかけました。
「お豊ちゃん、私、お饅頭を持って来たの。一緒に食べない?」
「ふふ。私もね、お菓子もってきたの!」
お豊ちゃんが、おいしそうな落雁を見せてくれました。
「あら、考えること一緒ね!」
「桜の下で、まあちゃんとお茶できたら楽しいだろうなって思って……」
「まあ!」
お豊ちゃんの言葉にまあばあちゃんはとっても嬉しくなりました。


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お父さんだったのね



ガレージの開く音がします。
お父さんとお母さんが仕事から帰って来たようです。
まあばあちゃんはヨッコラショっと立ち上がってご飯の支度をはじめました。
トモちゃんは迎えに出ていきました。
今日は煮っ転がしとカマスゴの酢漬けです。
カマスゴは、今日トモちゃんとお買い物に行って見つけた新鮮なカマスゴです。
今は春休みなのでトモちゃんとお散歩やお買い物を一緒にしています。
煮っ転がしは早めに作って味を浸み込ませてあるので、あっためるだけです。
カマスゴを網で焼いて焦げ目をつけた後、三杯酢に浸けていきます。
トモちゃんが、戻ってきておかずを食卓に並べ始めました。
「ただいま! おかあちゃん、お腹すいたわ~。今日は煮っ転がしね。」
「お帰りなさい。はやく顔洗ってらっしゃい。」
「あっ! トモちゃん、あの整理ダンス、粗大ゴミの申し込みしてくれた?」
「え? やめたよ。使うんでしょ?」
「? なんで」
「引き出しに靴のストックとかいろいろ入ってたよ。だから使うんだと思って申し込みしてないよ。」
「???」
お母さんは分からないといった顔をしています。
「……じゃ、お父さん?」
食卓を見ると、お父さんはもう食べ始めています。トモちゃんはさっそく聞いてみました。
「お父さん、整理ダンスにいろいろ入れた?」
「整理ダンス?」
「そうガレージの隅に置いてるタンス。」
「ああ、あれね。ええもんあるなと思って、使ったらアカンかったんか?」
「ううん。いい案だなと思って!」
「そやろ、便利いいやろ! みんな早よ食べよ! うまいで!」
「はい!」
トモちゃんとお母さんはニッコリしました。
整理ダンスを生き返らせたのはお父さんでした。
「私、てっきりお母さんだと思ってた。意外だ~」
トモちゃんはお母さんにこっそり言いました。
「ほんとね。日頃片付けなんて、全然しないのに。不思議やね。あのタンス、家に居たかったのかもしれへんね。」
お母さんがニッコリ笑いました。


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Author:堺の町のまあばあちゃん
堺の町に住む、ひとりのおばあちゃんのお話です。
住み慣れた町の人々との交流や孫のトモちゃんや犬のジロとの生活を通して力強く生きていく姿を物語に書きたいと思います。 
宜しくお願いします。
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