山本美香さんの映像を見て




その日本人ジャーナリストは、山本美香さんという人でした。
テレビは山本美香さんがシリアで撮った映像を流しています。可愛い赤ちゃんや屈託なく笑う子供たち。戦争中で銃撃の跡が生々しく残る街中で日々の生活を送る人々。シリアの国に住む人達のありのままの姿を……。その中に溶け込んでにこやかに笑っている山本美香さんの姿もありました。
賢そうな目鼻立ちの整った美しい人です。機材を扱いながら、こちらに向かって話しかけている山本美香さんの姿はキリッとしていました。トモちゃんはもっと詳しいニュースはないかと、チャンネルを回しました。
どの放送局も山本美香さんの姿を映していました。
戦場の町の人々がバリケードを作っている映像が映し出されたまま静止状態なりました。画面からは何も聞こえてこなくなっても……。この後、悲しくて恐ろしいことが起きるのだということは分かりました。
まあばあちゃんとトモちゃんも、しばらく呆然としていました。
「―――戦争って本当に怖いのよ。」






読んでいただいて有り難うございます。
もし良かったら、ポチしてくださると嬉しいです。 にほんブログ村 小説ブログ 童話・児童小説へ
スポンサーサイト

まあばあちゃんと天気予報の片平君


まあばあちゃんとトモちゃんがいつものようにふたりでお菓子を食べながらテレビを見ていました。お父さんたちが帰ってきてから夕食をとるので、いつも夕食は遅いです。そのため、トモちゃんの宿題が終わって一息つくのにお茶をします。
二人とも夕方の7時前に放送される天気予報が大好きです。
ふたりは少し早めにテレビをつけて待っていました。
「片平君、今日はどんな駄洒落をいうのかしら」
まあばあちゃんから見れば孫のような、トモちゃんから見ればお兄ちゃんのような片平君です。いつも明るく爽やかで、まあばあちゃんは、
「片平君の天気予報は悪いお天気も良いお天気に変わってしまうみたいで大好きよ」
と嬉しそうに言います。
「お出かけのときは大丈夫でも、夕方には雨になるので、必ず傘をお忘れにならないようにって、何度か繰り返して教えてくれるから、傘、入れとこって思うもん。片平君のおかげで濡れずにすんだこと何度もあるよ。あと、天気予報がはずれたときなんか「ごめんなさい」って言わはるでしょ。本当にえらいなぁと思うの、私も見習わなくちゃ」
っと、トモちゃんがにっこり笑って続けます。そして、まあばあちゃんがクスッと笑っていいました。
「でも、今年は猛暑続きで…。片平君、いつも真剣な顔をしてはったね。明日も暑い日になりますので熱中症にお気をつけ下さいね。水分を十分取って、日中の暑いときは、クーラーを少しだけかけてっていわはるでしょう、「クーラーを少しだけかけて」というとき少し声が小さくなるでしょう」
「うん」
「おばあちゃんね、あれって、電気屋さんに聞こえないように、私たちに教えてくれているんだと思うの、今年は電気を無駄遣いしたら駄目でしょう。でも熱中症になったら危ないと思って、片平君、天気予報の時にこっそり教えてくれてるんやね。有り難いわ」

―――場面が変わって、二人の目の中に衝撃の映像が飛び込んできました。
シリアで取材活動をしていた。日本人ジャーナリストが、銃弾の犠牲になったというのです。まあばあちゃんとトモちゃんの二人は、その衝撃の映像に息をするのも忘れていました。



読んでいただいて有り難うございます。
もし良かったら、ポチしてくださると嬉しいです。 にほんブログ村 小説ブログ 童話・児童小説へ

再び、日本へ


伯爵様は国王陛下の命を受けて、再び、日本へ向う事になりました。
伯爵様の指には、生前百合子様がいつも離さなかった伯爵家伝来の獅子の紋章の指輪がありました。エリちゃんも見たあの指輪です。
本来その紋章の指輪は、当主だけが身に着けるべきなのですが、伯爵様は百合子様と揃いで作らせました。華奢な百合子様には中指につけても少し大きく感じるデザインですが、結婚指輪とともに肌身離さずつけておられました。

インドからアジアの国々を歴訪し、伯爵様は日本へと向かいます。傍に真理恵さんの姿もありました。国王陛下の仕事を済ませた伯爵様は一番に百合子様の家に行きました。あの忌まわしい事件のあった家です。人手に渡らず、当時の姿そのままありました。伯爵様は百合子様の家を買い取りました。以前、日本に訪れた時にそうしたかったのですが、真理恵さんの事が大変な時で相談することが出来ませんでした。

その後、百合子様のご両親の遺骨は百合子様のお父様のご友人が預かっていると聞き、いつも、自分の事のように心配して付いてくる真理恵さんに日本の風習等を聞きながら、百合子様にとって一番居心地のいい方法を考えることにしました。
買い取った家は広大な庭園を利用してそのまま公園に……
元は百合子様の実家の敷地だったというトモちゃんたちの通う学校の音楽室のある建物はこの先ずっと今の状態を保っていただけるようにとの約束で多額の寄付をなさいました。伯爵様が亡くなられてずいぶん経った今も毎年、多額のご寄付があるそうです。そして、百合子様のご両親のような亡くなり方の場合、通常の葬儀が難しいことも知りました。菩提寺にお骨を収めることもはばかれることもあるそうですが、先祖代々伝わる百合子様のお父様の菩提寺にお骨を収めました。
伯爵様は、百合子様がつけていたあの指輪を、ご両親の骨壷に納めました。
―――日本の父母の元へ行く―――
魂のみになった百合子は自由に故郷と行き来できるのか……。
現の身である伯爵様に分かるはずもありませんが、その助けになるのではと思っての事でした。 
      
伯爵様は日本に滞在中、自由になる時間は百合子様が育ったこの土地で過ごされました。百合子様にご両親が亡くなって真理恵さんのお家でお世話になっている事は聞いていましたが、こんな辛く悲しいことが百合子様の身に起こっていたとは思いませんでした。妻の辛い気持ちを察する事が出来なかった自分を責めました。
伯爵様は百合子様が育ったこの町をなかなか離れることが出来ませんでした。ここで幼い頃を過ごされた百合子様を偲ばれていたのかもしれません。
帰国された伯爵様は、王侯貴族たちからの降る様な縁談をすべて断り、百合子様がピアノをお教えしていた国王陛下の縁続きの姫君を養女にされました。優しかったピアノの先生の死が信じられず、百合子様が亡くなられた時、伯爵様が城門を閉じても幼い姫君は侍女とともに百合子様にささげる花を毎日のように城門の片隅に置いていかれました。その後、姫君は成長し息子を授かりました。今、伯爵家を守っておられるのは姫君のご子息です。
お城は公開されていないので中に入ることは出来ませんが厳かでとても美しいお城だということです。


「はい、おばあちゃん。百合子様のお話はここまでよ」
「とってもいいお話ね。百合子様はいつも伯爵様と一緒におられるんでしょうね。おばあちゃんにはお二人の楽しそうな姿が目に浮かんでくるわ。……あら…、真理恵さんは日本に戻られてからどうされたの?」
「あっ、それはね、イギリスであった外交官の人と結婚されて幸せになったらしいよ。」
「ああ! そうなの! エリちゃんのひいおばあちゃんの真理恵さんも、つらい目に合われたけど最後は幸せになれたのね。よかったわ!!」
「ねっ、伯爵様って素敵だね!! おばあちゃん」
「ほんとね、素敵ねぇ! トモちゃん。おばあちゃんはトモちゃんに、いろんなお話を教えてもらって、本当に幸せ者ね」
まあばあちゃんとトモちゃんのお話はつきません。まあばあちゃんは自分が生まれた大正時代の人のお話が大好きです。同じ時代に生きてきたまあばあちゃんにとって百合子様と真理恵さんの生き方は感慨深いものがありました。貧しい家に生まれたまあばあちゃんとお金持ちの家に生まれた百合子様と真理恵さん。
「苦労って言うのは、どうしてもあるものなのね」
まあばあちゃんは遠い昔に思いをはせて、ぽつんと一言つぶやきました。



読んでいただいて有り難うございます。
もし良かったら、ポチしてくださると嬉しいです。 にほんブログ村 小説ブログ 童話・児童小説へ

イギリスにて


こうして伯爵様ご夫婦と真理恵さんはイギリスへ向かうことになったのです。
長い船旅の間に真理恵さんは徐々に健康を取り戻しました。コロコロと嬉しそうに笑う時間も増えてきました。その姿に百合子様もほっと安心するのです。伯爵様のお城での暮らしは真理恵さんを本当に元の明るい娘に変えました。どこまでも続く広い庭園を伯爵様の愛犬のロンと散歩する姿は過去の悲しい影を断ち切ったように感じられました。

百合子様は真理恵さんをイギリスに連れてきたことについて、大切な一人娘と離れ離れに暮らすご両親の淋しさを思って、いつも申し訳なく思っておられました。
そんな折、真理恵さんの前に伯爵邸に出入りする日本の外交官の青年が現れました。真理恵さんも何度か会う内に、この素朴で誠実な青年に好意を持ち始めていました。百合子様もそんな二人を温かく見守っていました。

穏やかな時間がゆっくりと流れていました。

―――最初に、百合子様の体に異変が現れたのは、お二人の結婚記念日でした。
その日、美しいバラの庭園で、伯爵様から眩いばかりのダイヤのネックレスをプレゼントされました。
その素晴らしいネックレスを胸につけて立ち上がった時、突然ふらふらとよろめいて、そのまま倒れてしまわれたのです。驚いた伯爵様は、百合子様のか細い体を抱いてベッドへ運びました。百合子様は心臓病と診断されました。
当時、まだ医学が今のように進んでおらず、回復は望めませんでした。それでも、百合子様を失いたくない一心で伯爵様は、名医と名高い医師という医師に百合子様を診て頂くのですが、診断結果は変わりませんでした。そして、百合子様の体は衰弱していきました。
―――伯爵様の姿はとても痛々しく見ていられませんでした。真理恵さんも必死になって看病しました。

死期を悟った百合子様は伯爵様に感謝の言葉を述べました。
「もし、神様に召されても、私はいつもあなたの傍にいます。でもほんの少しの間だけ、日本に眠る父母の元へ行くことを許してくださいね」
「何を言うんだ。私を残して逝く事など許さない。早く元気になって君のご両親の所へは二人で行こう」
伯爵様は、百合子様の手をしっかりと握り締めていました。神様が百合子様を連れて行かない様に。でも、弱々しく握り返して百合子様は言いました。 
「私はあなたに出会って、本当に幸せでした。私をこんなに大切にしてくださって、いつも感謝しておりました。これからはあなたの傍であなたを見守って……」
百合子様の言葉は途切れてしまいました。美しい瞳で伯爵様を見つめたまま、百合子様は逝ってしまわれました。伯爵様は百合子様にくちづけをして、手のひらでその美しい瞳を閉じました。抱きしめても、どんなに言葉をかけても百合子様は答えてくれません。

伯爵様は深い悲しみのため城門を閉ざし誰とも会おうとなさいませんでした。百合子様の遺体もベッドに眠らせたまま、誰にも触らせませんでした。
再びその瞳が開くことはないのに、まるで眠っているかのような百合子様の遺体は、今にも目を覚ましそうでした。


―――このあたりでは珍しく霧の晴れた清々しい冬の日、
食事もせず、悲しみのため眠る事も出来ない伯爵様のもとに百合子様が現れて、優しくそっと伯爵様の手を取って言いました。
「そんなに悲しまないで、私はいつもあなたと共にいます。どうか、私をあなたの書斎から見える湖の傍に埋めてください」
夢なのか現なのか・・・美しい姿で現れた百合子様に伯爵様は感謝しました。
そして、伯爵様は百合子様のなきがらを湖の傍に葬って、生前の百合子様を忍ばせるようなうつくしいお墓を白い大理石で建てました。百合子様のお墓の回りには色とりどりの花が咲き乱れ一年中絶えることがありませんでした。伯爵様は時間が許す限り、百合子様のお墓の前で佇んでおられました。




読んでいただいて有り難うございます。
もし良かったら、ポチしてくださると嬉しいです。 にほんブログ村 小説ブログ 童話・児童小説へ

元旦那様の死


さわやかな風が吹いて、優しい光が縁側に差し込んでくる秋のある日―――。
「お帰りなさい。あなた、真理恵からの手紙が届きましたよ。」
「おお、そうか。見せてくれ」
「真理恵が日本を離れて、ずいぶん経ちますねぇ」
今日届いた真理恵さんからの手紙はイギリスから送られたものでした。
「そうだ、お前、今日な、大変なことを聞いたぞ」
大変な事というのは、真理恵さんの元旦那様が亡くなったことでした。
時代が変わって昭和になり、折悪しく日本にもあの恐ろしい恐慌の波が押し寄せてきた時の事でした。真理恵さんの元旦那様は欲の塊みたいな人でしたから、手一杯広げすぎた事業のせいで、多額の負債を抱え込んでしまい、自らの首が回らなくなって、最後は自分の首を吊って死んでしまったのです。真理恵さんを散々苦しめた人の死は儚いものでした。誰一人その死を悲しむ人はいなかったそうです。
「そうですか…、自殺ですか。……あの、真理恵に知らせた方がいいでしょうか? 辛い事を思い出させるかもしれませんが……」
「そうだな……。しかし、知っておいた方が心の整理がつくかもしれん。」
真理恵さんのご両親はこのことをイギリスにいる娘に手紙で知らせることにしました。


真理恵さんのお母さんの話の辛い事……。当時、百合子様が日本に来られらた折に真理恵さんが身ごもっていた子は、流産してしまいました。


元旦那様に虐待されて弱り切っていた体もずいぶん良くなっていました。お腹の子も順調でした。
「―――えっ、百合子様、日本を離れるのは十日後では?」
「ええ、だけど、今週末からわたしも一緒に出席するものがあるの…」
本当は百合子様がおいでにならないといけないものは他にもたくさんあったのですが、真理恵さんの事が心配で側にいたのでした。でも、もうずいぶ元気になったので、伯爵様の元へ戻ろうと思ったのです。
「そうですか…。私ったら自分の事ばかり……。百合子様、こちらに来られてから、私に付きっきりで側にいて下さったのに……」
真理恵さんはにっこり笑って言いました。百合子様と別れる日が近づくにつれて、また気落ちし始めていました。真理恵さんは百合子様に気づかれないように元気に振る舞っていましたが…
―――百合子様が真理恵さんのお宅を離れる前日、
真理恵さんはおなかの子を流産してしまったのです。
真理恵さんのご両親はおろおろして、とても見ていられる状況ではありませんでした。青ざめてお布団に眠る真理恵さんの横顔は、怖いくらい青ざめていました。百合子様は、元旦那様のことを思い出すようなことがあって、体に障ったのかもしれないと思いました。百合子様はその夜、一晩中真理恵さんに付いていました。

翌朝、真理恵さんはスースーと安らかな寝息を立てて眠っています。百合子様は、静かに離れて旅立とうと思いました。
真理恵さんのご両親に挨拶を済ませて車に乗ろうとする百合子様を、真理恵さんは寝巻き姿のまま、履物も履かず追いかけてきました。
「百合子様、お願いです。……どうぞ、私も連れて行って……!」
「真理恵さん……」
真理恵さんは、涙をぽろぽろ流して人目も構わず訴えました。先に車に乗っていた伯爵様も降りてきて、泣いている真理恵さんに言いました。
「では、一緒に行くことにしましょう。船には医者もあなたの身の回りの世話をする看護人もたくさんいますから、安心して百合子と一緒に来て下さい」
伯爵様の力強い言葉に、真理恵さんのご両親も、自分の娘を託すことにしたのです。



読んでいただいて有り難うございます。
もし良かったら、ポチしてくださると嬉しいです。 にほんブログ村 小説ブログ 童話・児童小説へ

伯爵様の力


百合子様は有馬温泉より戻られてからというもの一人考え事をされる時間が増えました。そんな百合子様の姿はその美しさゆえに近寄りがたいものがありましたが、真理恵さんといる時だけはとても優しく穏やかでした。
それからまもなくして伯爵様が尋ねて来られました。真理恵さんとご両親は異国の毅然とした爽やかな青年の姿に緊張するばかりでした。
百合子様の幾分心配そうな様子に伯爵様は怪訝そうに話を聞かれていましたが、すぐにニッコリ笑って百合子様と楽しそうにお話してから、伯爵様は足早に出て行かれました。百合子様の願いを叶えるため、真理恵さんの家の借金を返済するお金が必要だったのです。
それから幾日かして、恐ろしい男たちがけたたましい声とともにやってきました。家具や置物を壊す音に、真理恵さんのご両親や使用人の人達は震え上がってしまいました。
男たちの一人は真理恵さんの元旦那様でした。
「金返せ! 期限はとっくに過ぎてるんやぞ!!おお!!黙っとっても分からんわ!!」
という怒鳴り声とともにガシャーンと、また何かが割れる音が続きました。
みな縮み上がりました。

その声は離れにまで聞こえてきました。百合子様は真理恵さんとお茶を楽しんでおられましたが、不意に立ち上がりました。
「百合子様、どちらへ行くのです?」
「少し、ここで待っていて下さる? すぐに戻ります。……五郎さん真理恵さんをお願いします。」
「いけません! 百合子様に酷いことするかもしれません!」
と真理恵さんは百合子様に縋り付きました。
百合子様は真理恵さんのその手にそっとご自分の手を重ねて、
「大丈夫、心配しないで」


「どうなさいましたの?」
元旦那様は、先ほどは連れてきた男達が暴れている様子を皮肉そうな笑みを浮かべて楽しげに眺めていたのに、百合子様に気付くと、先程の事など忘れたように温和で優しげな紳士に様変わりしました。真理恵さんに暴力を奮って心と体に深い傷を負わせ、生まれてくる子どもの父親になる気もない最低な男。―――
「――――申し訳ありません。怖い思いをなさったでしょう…」
百合子様に近づこうとした元旦那様は御付の人に阻まれました。
元旦那様は小さく咳払いをして根掘り葉掘り百合子様の事を聞き始めました。
「これはお御美しい方ですね! 真理恵のご友人なのですか? それとも…」
「ご用向きは、借金の取り立てでしたわね? おいくらですの?」
百合子様は、元旦那様の言葉を遮って本題に入りました。
「取り立てって……。100万円です。こちらとしては返して頂けるだけでいいのですが」
取り立てとはっきり言われて、言葉を詰まらせましたが、百合子様が冷ややかな瞳で続けるように促すので、小さな声で答えました。
「分かりました。そのお金は私が払わせていただきます。」
百合子様は静かにソファに腰かけながら言いました。
100万円を払うと言う百合子様を驚きの目で見ながら、元旦那様は話を続けました。
「今すぐですよ? 期限はとっくに過ぎていますからね。待ってくれ、約束は守ると口ばかりで。1日たりとも待てませんよ。」
とちらりと真理恵さんのお父さんを見ました。
「分かっています。どうぞお掛けください」
百合子様は元旦那様に、自分の前に座るように言ってから付け加えました。
「お金をお支払いしている間、壊したものを丁寧に片付けて下さい」
元旦那様の目に不満そうな色が浮かびましたが、目配せをして、さっきまで大声を出していた男たちに片付けさせました。
100万円はその場で支払われ、後々真理恵さんのご両親に害が及ばないように百合子様の御付きの人達によって借用書など借金に関わりのある様々の書類も清算され、元旦那様と真理恵さんのご両親の間の借金はすべて無くなったことを証明する書類も交換しました。
この大正時代の100万円は、今の100万円とは違って想像もつかないくらいの高い価値がありました。こんな大きなお金を自分の為に用意してくれた伯爵様に百合子様は心から感謝するのでした。


読んでいただいて有り難うございます。
もし良かったら、ポチしてくださると嬉しいです。 にほんブログ村 小説ブログ 童話・児童小説へ

百合子様の怒り


百合子様は死んだように眠っている真理恵さんの枕元にイギリスから持ってきたビスク・ドールをそっと置きました。
「つらい思いをしていたのね、結婚して幸せに暮らしているといつも手紙に書いてあったのに…」
「百合子様、ずっと付いていて下さったの」
真理恵さんが、目を覚まして力のない声で言いました。
「どうして、こんな体になってしまったの」
百合子様の言葉に真理恵さんは答える事が出来ませんでした。ただ泣くばかりで何も言ってくれません。百合子様は母屋にいる。真理恵さんのお母さんに尋ねることにしました。
「子供が産めなかったから」そういう答えでした。

百合子様は、今、真理恵さん問うてみても傷つけてしまうだけだと思い、真理恵さんとは女学校時代の事やご自身のヨーロッパでの生活を話しました。
そうして真理恵さんと過ごす内に、心の糸が解けるように真理恵さんはポツリポツリと話すようになり、いろんな事が分かってきました。お父さんの取引先が倒産して大きな被害にあったこと、そのとき、真理恵さんの旦那様から融通してもらったお金が雪だるま式に増えてとても大変なことになっていること等。
「真理恵さんをこんなに弱らせてしまうなんて、酷い人だわ。夫なら妻の家が大変なら助けて当然だわ。許せないわ」
「いいえ、違うんです。わたしが悪いんです。子どもは産めないし…。わたしが…」
そう言って真理恵さんはひどく怯えた様子で泣き出してしまいました。
「真理恵さん……」
あまりの怯えように違和感を覚えました。

それからは、真理恵さんの嫁ぎ先の話に向かないように気遣いながら、過ごしました。
以前より体が丈夫になったので、百合子様は真理恵さんを連れて六甲山に登ったり、奈良公園に行ったり、神戸港にも行きました。真理恵さんの頬も薄紅色に染まってきて、本来の姿を取り戻して来ました。
しばらくたったある日、真理恵さんの様子がどうも可笑しいのです。百合子様は真理恵さんを連れて病院に行きました。妊娠しているとのことです。
実家に戻されてから1年、ほとんど床に臥せていて外へ出ることはなかったのに……
真理恵さんのお母さんは真っ青になって問い詰めました。
「あの、奥様……。……若旦那様では……」
使用人のトメさんの言葉で理由はすぐに分かりました。離縁した元旦那様が時々お見舞いだと称して真理恵さんの所に来ていたのです。
「トメ、どうしてその事を言わなかったのです!」
「奥様のご了承を得ているとおっしゃられて……。……本当に、本当に申し訳ありません!!!」
トメさんは土下座をして小さくなっていました。
「……お前のせいではないわね……知ったところでどうこう出来るわけでもなし……。どうしたらいいの……」
真理恵さんのお母さんは聞こえるか聞こえないかの声でそういうと、蝋のように白い顔色になって倒れてしまいました。

真理恵さんの立場はますます悪くなるばかりでした。
百合子様はこの家から離れたほうが良いと思い、真理恵さんを連れて、有馬温泉に行くことにしました。
真理恵さんは温泉に行くのを拒みましたが、百合子様がせっかく日本に戻ってきたのだからと言うと、しぶしぶという様子で行くことにしました。

その理由はすぐに分かりました。
真理恵さんの体を見て、百合子様は凍りつきました。

実家に戻ってからずいぶん経つのに消えない無数の痣。

あの時の怯えようはこの為だったのです。
百合子様は嫁ぎ先で何があったのか悟りました。


読んでいただいて有り難うございます。
もし良かったら、ポチしてくださると嬉しいです。 にほんブログ村 小説ブログ 童話・児童小説へ

真理恵さんとの再会


真理恵さんのお屋敷の前で車は止まりまし た。
依然と変わらない風情のある前栽。泉水には鯉が静かに泳いでいます。
百合子様の胸中に優しかった真理恵さん、そして真理恵さんのご両親。温かかったこのお屋敷での生活。そのすべてが蘇って来ました。
百合子様は一歩ずつ踏みしめながらあの日、このお屋敷から出て遠い異国の地に向かった時のことを思い出していました。百合子様の後を追うように泣きながら走ってきた真理恵さん。あの時の顔が頭の中に浮かんできます。真理恵さんのお母さんが百合子様の元へ走り寄って来ました。
「お帰りなさい。元気そうだわ…」
「ただいま、おば様」
真理恵さんのお母さんは、百合子様の手を両手で包み頬をすり寄せて言いました。
「いつも、心配していたのよ」
「おば様にお会いすることが出来て嬉しゅうございます」
二人とも涙がとめどなく溢れてきて、頬を伝います。
「さあ、中へ入りましょう。真理恵もあなたが帰って来るのを心待ちにいるの。あなたが帰ってくるという知らせを下さってから、あの子はその手紙を胸に抱いて片時も離さないの」

真理恵さんがご実家にいる…

百合子様の胸に不安の影が走ります。嫁いだはずの真理恵さんがご実家にいるということは、何か良くない事があったということだからです。
「おば様、あの…」
百合子様の心配そうなご様子に、真理恵さんのお母さんも言い出しにくそうに付け加えました。
「……ええ、……そうよ。そうなの、心配をかけると思ってあなたには伏せておいたのだけど、あの子は帰されてきたの……」
苦しそうな真理恵さんのお母さんの様子に、百合子様はそれ以上深く聞こうとはなさいませんでした。
真理恵さんは母屋ではなく、奥の離れ座敷にいました。お布団が引かれたままになっていて、ずいぶん前からこの離れにいる様子でした。

真理恵さんがよろよろと座敷から廊下に這うように出てきました。百合子様は真理恵さんに駆け寄って、強く強く抱きしめました。
「あぁ百合子様、お会いしたかった。ほんとに夢のようです。もうこれでいつ死んでも心残りはありません。」
「何を言うの?! 気を確かに持って!!」
真理恵さんは、そのまま百合子様に抱かれて死んだように眠ってしまいました。
「お嬢様、安心されたのですね。ずいぶん眠っていらっしゃいませんでしたから」
使用人の五郎さんは真理恵さんを抱きかかえてお布団に運ぶと、つぶやくように言いました。そう言う五郎さんの目には、うっすらと涙が滲んでいました。
やつれ果てた真理恵さんの髪を優しく撫ぜながら、あまりの痛ましさに百合子様の心は震えていました。




読んでいただいて有り難うございます。
もし良かったら、ポチしてくださると嬉しいです。 にほんブログ村 小説ブログ 童話・児童小説へ

日本へ


日本へ帰るのは何年ぶりのことでしょうか。
家も無く両親も亡くした百合子様にとって、生まれた国を思う時、あまりにも辛いことのほうが多くありすぎて、心が痛むのですが、ただひとつ、ほっとするのは真理恵さんの事だけでした。
でもこの頃、真理恵さんが夢の中に出て来て、悲しそうな目で百合子様を見つめるのです。すぐにでも真理恵さんのそばに行きたかったのですが、この遠い異国の地にいる身では思うようにいきません。心配した百合子様は、これまでよりも頻繁に手紙を何度も出したのですがまったく返事が来ません。言いようのない胸騒ぎがしてなりませんでした。
百合子様がウィーンに留学した頃、ヨーロッパに来られた折には訪れて下さっていた真理恵さんのお父さんもこの頃全く姿を見せて下さいません。ホームスティ先から寄宿舎に移る事になった時も力になって下さったのに…。そんな時でした百合子様が伯爵様と日本へ向かうことになったのは、伯爵様は百合子様のために船を神戸港につけました。
「仕事が済み次第、すぐに君のところにいくからね」
伯爵様は百合子様のために車を用意して、供として来た者の内の数名に百合子様を守るよう言い置いて横浜港に向かいました。
百合子様は伯爵様の船が遠く見えなくなるまでお見送りしました。
この神戸の地に降り立った百合子様の胸に熱いものが痛いほどこみあげてきました。もう二度と戻れないと思っていた日本にいるなんて信じられませんでした。
百合子様の頬を撫ぜる風も、太陽の光も、異国のそれとは比べようのない温かく懐かしいものでした。
「どうぞ、お車へ」
百合子様はお付の人に促されて車に乗り込みました。そして、「一番気がかりな人」真理恵さんの所へと車は走って行きました。



読んでいただいて有り難うございます。
もし良かったら、ポチしてくださると嬉しいです。 にほんブログ村 小説ブログ 童話・児童小説へ

伯爵様と百合子様

 
百合子様は決心しました。

伯爵様と結婚すること…

この時代は今とは違って、イギリスから日本へ向かうのに船で二ヶ月近くかかりました。
伯爵様と結婚するという事は、この異国の地で一生を送る事を意味します。
イギリスもウィーンも素晴らしい国でしたが、百合子様にとって、辛い思い出のある国でも生まれた国、日本はかけがえのないものでした。また、こんなにも想って下さる伯爵様に心が揺れるのも本当でした。

百合子様の宿舎を埋め尽くしてしまうくらいの花束と宝石やドレスの山々。百合子様は伯爵様に言ったそうです。
「あなたのプレゼントで、宿舎が埋まってしまうと、寮長先生にしかられてしまったわ」
百合子様の言葉に、伯爵様はにっこり笑って言ったそうです。
「僕の作戦が成功したということだね」
百合子様と結婚されてから、オックスフォード大学に在学中だった伯爵様は学問に没頭しました。百合子様も伯爵様とともに勉強しました。伯爵様は大学で学んだことを百合子様に教えていたそうです。
伯爵様は、百合子様と一緒にいることが一番好きで、妻である美しい生徒に教えるために急いで帰ったそうです。二人はとても幸せでした。そして、大学を卒業すると、体の弱いお父上に代わって海運事業を継いだのです。

その頃のイギリスは大英帝国と呼ばれていて世界でも最強の国でした。伯爵様のご一族は、産業革命後、海を舞台に栄えたイギリスを支えてこられました。このような方に百合子様はプロポーズされたのです。
意志の強い伯爵様でしたが、陰になって尽くす百合子様にどれほど支えられたことでしょう。
結婚した後、社交界嫌いの伯爵様も、美しい妻とともにこの世界に姿を現しました。二人はいつのまにか人々の中心にいました。賢く聡明な百合子様をイギリスの王侯諸侯方は敬意を表して受け入れて下さったそうです。百合子様はどのようなところへも伯爵様と一緒に行きました。様々な国を巡り二人は豊富な知識を得ました。

そして、ある日のこと、国王陛下の命により、日本に向かうことになったのです。


読んでいただいて有り難うございます。
もし良かったら、ポチしてくださると嬉しいです。 にほんブログ村 小説ブログ 童話・児童小説へ
sidetitleプロフィールsidetitle

Author:堺の町のまあばあちゃん
堺の町に住む、ひとりのおばあちゃんのお話です。
住み慣れた町の人々との交流や孫のトモちゃんや犬のジロとの生活を通して力強く生きていく姿を物語に書きたいと思います。 
宜しくお願いします。
良かったらポチお願いします。
にほんブログ村 小説ブログ 童話・児童小説へ

sidetitleフリーエリアsidetitle
sidetitlePRsidetitle


sidetitle最新記事sidetitle
sidetitle最新コメントsidetitle
sidetitle検索フォームsidetitle
sidetitleカウンターsidetitle
sidetitle天気予報sidetitle

-天気予報コム- -FC2-
sidetitleカテゴリsidetitle
sidetitle月別アーカイブsidetitle
sidetitle最新トラックバックsidetitle
sidetitlePRsidetitle


アフィリエイト・SEO対策



sidetitleRSSリンクの表示sidetitle
sidetitleブロとも申請フォームsidetitle

この人とブロともになる

sidetitleリンクsidetitle
sidetitleQRコードsidetitle
QR