決心したトモちゃん


しばらくしてトモちゃんは泣きやむと、まあばあちゃんに言いました。
「私、エリちゃんに言うわ、白い手が出てきたら百合子様に〝有り難う″っていうのよって」
まあばあちゃんは、「うん、うん」って頷きながら、嬉しそうに笑いました。
「明日は大丈夫」
トモちゃんは、一人で頷いて、一人で決心したように、口をキュと結んだりしていました。きっと、エリちゃんに百合子様のことを、どう伝えればいいのか方法を考えているのでしょう。
「おばあちゃん、有り難う」
トモちゃんはまあばあちゃんを抱きしめて、キュッと頬擦りしました。
「こらこら、トモちゃん苦しいよ」
なかなかまあばあちゃんを離してくれないトモちゃんにまあばあちゃんは言いました。
「さっ、早くご飯の仕度をしましょう。トモちゃん、お母さんたちが帰ってくるわよ」
まあばあちゃんは嬉しくて嬉しくてトモちゃんが頬擦りしてくれた跡にそっと手のひらを乗せました。
「ねぇ、今日のおかずはなあに、おばあちゃん」
「今日はぶりの照り焼きときゅうりの酢の物よ。そこにトモちゃんの好きな出し巻きを付けて、それとしじみのお味噌汁」
「わ~い、おいしそう」
「さっ、トモちゃんも早く宿題をして」
まあばあちゃんに急かされても今日のトモちゃんはぐずぐずして、なかなか自分の部屋に行こうとしません。
「おばあちゃん」
「どうしたの」
「今日は、おばあちゃんと一緒にいてもいい。夕ご飯のお手伝いするから」
「ありがとう、いいの?」
「うん、大丈夫よ」
まあばあちゃんはトモちゃんが可愛くて可愛くて仕方ありません。それに今日のトモちゃんは頼もしくさえ見えました。温かい心でエリちゃんの悩みを受け止めて、自分の事のように心配する、友達思いのトモちゃんの姿にまあばあちゃんは、心の中でそっと、神様に感謝しました。



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もしも、まあばあちゃんが死んだら


「もしも、もしもよ。おばあちゃんが死んでね」
と、まあばあちゃんが言いました。
「なんで! そんなこと言うの? 百合子様の話でしょ! 
やだ!! おばあちゃん、そんなこと言ったら!! おばあちゃんが死んだら私も死ぬ!」
トモちゃんは、びっくりして、まあばあちゃんにしがみつきました。
「でもね、トモちゃんは若いんだし、これから苦しいこと楽しいこといっぱいあると思うわ。お父さんやお母さんの手助けをして。しっかり生きていかなくちゃ駄目なんよ。
だけど、おばあちゃんは今90歳。そりゃ今は元気よ。でもね、いつ神様のお迎えが来ても不思議でない歳なんよ。
だから、おばあちゃんにとって、トモちゃんとの1日1日はすごく大切なの。
でも叶う事なら、あの世に行っても、やっぱり側にいたい。トモちゃんを見守っていたいと本当にそう願っているの。 ……だから、もし、おばあちゃんが死んでから、百合子様のように現れたら、トモちゃんはどうしますか」
いつも言葉身近なまあばあちゃんが、一気に話しました。小さな目に少し涙を浮かべています。まあばあちゃんはしわしわの手で、それをそっと拭いました。
「おばあちゃん、ごめんね。
私おばあちゃんが百合子様のように出てきてくれても、絶対怖がらないわ。
ううん、出てきてくれたほうが嬉しい。それにもう、絶対死ぬなんて言わないで。おばあちゃんが死んだら私も死ぬから、出てくる必要もないわ」
トモちゃんは大粒の涙をポロポロ落としながら、ワーと泣いてトモちゃんはまあばあちゃんに、また、しがみつきました。まあばあちゃんは泣くのがおさまらないトモちゃんの背中をさすりながら、そっと涙を拭っていました。でも、さっきの涙とは違って、それはまあばあちゃんの心に、ほのぼの暖かいものが溢れてくる幸せの涙でした。
「ジロ、ごめんね」
しっぽを振りながら、心配そうな顔をして二人の傍に寄ってきたジロにまあばあちゃんが声をかけました。
「ジロ、大丈夫よ。そんなに心配しないで」
と言って、まあばあちゃんはトモちゃんの涙をペロペロなめっているジロの頭を優しく撫でました。


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まあばあちゃん。何か言って!



「おばあちゃん、そういうことなの」
トモちゃんはエリちゃんに聞いてきた話をまあばあちゃんに話していました。
「だから、百合子様は大丈夫だったのよ」
「よかったね。ほっとしたわ。百合子様に何かあったらと思うと心配で心配で、ごめんねトモちゃん。お友達に迷惑じゃなかったかしら。おばあちゃん、お家で昔あったこと、根掘り葉掘り聞いて」
まあばあちゃんは百合子様が無事だったと聞いてほっとしました。そして、今度はエリちゃんに申し訳ないとしょんぼりしていました。
「だけど、お友達のひいおばあちゃんの事考えると、胸が痛くて苦しいわ」
まあばあちゃんの心配はつきません。
「ねぇ、おばあちゃん。ピアノを弾く白い手って、百合子様かしら」
と、トモちゃんが言いました。
「きっと、百合子様と思うわ。おばあちゃんは。亡くなられた後もずっと、お家の人を守っておられるのね」
「でも、おばあちゃん、ピアノを弾いている時に白い手が出てきたら怖くない?」
トモちゃんはピアノを弾くことが出来ません。でも、もし、ふと手元を見て白い手があったら!!そう思うと、怖くてゾクッとしました。
明日は音楽の授業があります。
トモちゃんはエリちゃんの事が心配でした。まあばあちゃんはそんなトモちゃんを少し寂しそうな顔をして見つめています。
「白い手が出てきたら怖いけど、明日の音楽の時間、私、エリちゃんに出来ることないかな?」
トモちゃんはエリちゃんの事が心配でたまらない様子です。
「ねっ、おばあちゃん、おばあちゃんは怖くない? エリちゃんの話」
「・・・・・・」
まあばあちゃんは、トモちゃんの話に耳を傾けていても返事はしませんでした。じっと、一点を見つめて思いつめた様子です。
「おばあちゃん、ねぇ、どうしたの。どうして黙ってるの。何か言って」
「そうね・・・・・・そうね」
まあばあちゃんは、次の言葉がなかなかでないようです。
「おばあちゃん・・・・・・」
トモちゃんはどうしたら良いのか分からず黙ってしまいました。音楽の授業は明日です。まあばあちゃんに何か良い案があったら嬉しいと思っていたから、ちょっとしょんぼりです。
「ねぇ、トモちゃん」
まあばあちゃんは、ようやく口を開きました。


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狩野先生


[あ~びっくりした。狩野先生に声かけられるなんて! 私、幸せ!! 
明日の2時間目、音楽でしょう。また、お顔見れるわ。嬉しいな」
エリちゃんは狩野先生が好きなんだ。
スキップしながらクルクル回っているエリちゃんを見て、トモちゃんは思いました。
ピアノを弾く白い手の事を忘れちゃうくらい、狩野先生の事好きなんだ…
トモちゃんも狩野先生の事、ちょっぴり好きでした。
入学式の時、他の先生方と比べて背が高く涼しげな目元。爽やかな容貌の狩野先生は目立ちました。
中学校の時にはいなかったタイプの先生でした。トモちゃんはいつの間にか狩野先生の姿を目で追うようになっていました。
クラスの中にも狩野先生を好きな人がいっぱいいます。狩野先生がテニス部のコーチをしているとか、中庭のベンチに座って本を読んでいたとか、狩野先生の噂で持ちきりです。トモちゃんも噂話の中に入れてもらったり、テニスコートの側を通るときは先生の姿がないか探してみたり、狩野先生はトモちゃんにとっても憧れの人です。
「ねっ、エリちゃん。エリちゃんは狩野先生の事、好きなの?」
トモちゃんは思い切って尋ねました。
「だ~いすき。世界で一番好きよ。狩野先生のお嫁さんになれたらいいなって思うの」
嬉しそうに言うエリちゃんを見ていると、トモちゃんの心の中の狩野先生が遠くなっていきました。
「じゃ、トモちゃん。百合子様の事、明日ね」
バイバイと大きく手を振って遠ざかって行くエリちゃんの後ろ姿をしばらくトモちゃんは見つめていました。
(さっ、私も帰ろう。おばあちゃんが待ってるわ)
トモちゃんは大きく深呼吸すると、駅の方に向かって歩きだしました。



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白い手

 

百万円といってもこの当時の百万円は今とは大分違います。
考えられないほど大きなお金です。それくらいトモちゃんにも分かります。
でも、トモちゃんは別の事が気になりました。
「ねえ、エリちゃん。エリちゃんの言ってた怖い話って百合子様の事? ちっとも怖くないよ? 百合子様の話はカッコ良くて、百合子様みたいになれたらどんなに素敵だろうなって思うよ。エリちゃんの怖いっていうのが分からへんの」
トモちゃんが聞いてみると、エリちゃんはさらに深刻な表情になり、小さな声で答えました。
「………私、見えるの」
「えっ、なにが?」
トモちゃんはよく聞こえなくて聞き返しました。
「百合子様と真理恵おばあちゃんが」
エリちゃんは小さく震えています。
「今も、側にいるわ。感じるもの」
「!!!」
トモちゃんは、驚いて声も出ません。恐る恐る辺りを見ながらエリちゃんの腕に手を伸ばしました。
(おばあちゃん! 今、こ、ここにいるって! 怖いよう!!)
トモちゃんは怖すぎて涙が出そうでした。
「見えるって、いつ頃から」
トモちゃんは、こわごわ聞きました。
「高等部に入ってすぐよ。最初の音楽の時間から」
公立の中学校から高等部に入って来たトモちゃんと違って、エリちゃんは、中等部からこの学校の生徒です。中でもピアノは得意中の得意です。中等部の頃からいろんなピアノのコンクールに入賞している腕前です。音楽の授業の時、先生に代わっていつもピアノの伴奏をしています。
「最初の音楽の時間に狩野先生に頼まれたの。ピアノを弾いてくれるかなって。そしたら、授業に集中出来るからって、私、狩野先生に頼まれて、すごく嬉しかったの、だって、狩野先生カッコイイんだもん」
エリちゃんの頬がピンク色に染まりました。とっても嬉しそうです。
さっきまで震えていたエリちゃんはどこに行っちゃったの?
トモちゃんは「くすっ」と笑ってしまいました。
「それで百合子様を見たってどうしてなの」
「それで、学校のピアノで練習したほうが良いと思って、第2音楽室のカギを借りて…。
不思議だったわ…。鍵盤は私の指に馴染んで、家のピアノよりもよ? 私は夢中になって弾いたわ。時間の経つのも忘れて、そして、あんまり気持ちが乗ったから、次のコンクールで弾く曲を練習したの。そうしたら、私の指の動きをなぞるように白い手が現れて、私しばらくその美しい指の動きに見とれていたの、右の中指に紋章のようなデザインの入った金の指輪をしていたわ。その時はちっとも怖くなくて、自分で気になってるところとか、こうするのよって、教えてくれるような。本当ならもっと上手になってからでないと教えていただけないようなレベルの先生が教えてくれてるみたいに、私の頭のなかに体の中に美しい曲がどんどん入ってきて、いろんな曲を弾いたわ。トモちゃんが好きな子犬のワルツも弾いたよ。表現の難しい曲も難なく弾けるの、とても嬉しかった。狩野先生が、いつの間にか来ていて「うまいなあ」って声をかけてくれるまで。……もう一度手元を見ると白い手はすでに消えていたわ。でも今はものすごく怖いの。」
トモちゃんも怖くて固まっていましたが、ふと疑問が浮かびました。
「エリちゃん、白い手だけでどうして誰だか分かるの?」
「うん。それなんだけど…」

「ほーら、そこの二人もう帰らないとダメだぞ!」
爽やかな声は狩野先生でした。
「はーい」
「ハーイ」
トモちゃんとエリちゃんは幸せそうに目を合わせてクスッと笑いあいました。
「先生! 今帰ります。さようなら」
狩野先生に挨拶すると二人は駆け出しました。



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元旦那様

百合子様は有馬温泉より戻られてからというもの一人考え事をされる時間が増えました。そんな百合子様の姿はその美しさゆえに近寄りがたいものがありました。ただ、真理恵さんといる時だけ優しく穏やかでした。

清々しい風が若葉を爽やかに揺らす朝―――

真理恵さんの家に紳士的な服装の男と少し恐ろしげな2人の男たちがやってきました。数年前から会社の業績不振が続いていた真理恵さんのお父さんは、あろうことか、真理恵さんが追い出された嫁ぎ先から借金していたのです。
男たちの一人は真理恵さんの元旦那様でした。真理恵さんのお父さんとお母さんが客間に通しました。
真理恵さんだけでなく使用人たちも緊張から身を固くしていました。
しばらくして、
「金返せ! 期限はとっくに過ぎてるんやぞ!!おお!!黙っとっても分からんわ!!」
という怒鳴り声とともにガシャーンと何かが割れる音が続きました。
みな縮み上がりました。

「どうなさいましたの?」
その場に似合わない心地よい声がしました。
「なにを!!…いや、その…これは…」
声の方を振り向いて男たちは言葉を失いました。声の主は百合子様でした。天使のように美しい百合子様にとりわけ驚いたのは真理恵さんの元旦那様でした。
「騒ぎ立てて申し訳ありません。期限が来たのに返済いただけないので、こちらとしても困り果てて伺った次第なのです。」
先ほどは連れてきた男達が暴れている様子を皮肉そうな笑みを浮かべて楽しげに眺めていたのに、百合子様に気付いくと温和で優しげな紳士に様変わりした元旦那様が百合子様に答えました。
「期限は1週間前だったのですが、一向に返済していただける気配がないのでこちらから出向くこと事になったのです。怖い思いをなさったでしょう。本当に申し訳ありません。あの、真理恵のご友人なのですか? それとも…」
真理恵さんに暴力を奮って心と体に深い傷を負わせ、生まれてくる子どもの父親になる気もない最低な元旦那様。良心の呵責が全くない様子の元旦那様は根掘り葉掘り百合子様の事を聞き始めました。
「ご用向きは、借金の取り立てでしたわね? おいくらですの?」
百合子様は、元旦那様の言葉を遮って本題に入りました。
「取り立てって……。100万円です。こちらとしては返して頂けるだけでいいのですが」
取り立てとはっきり言われて、言葉を詰まらせましたが、百合子様が冷ややかな瞳で続けるように促すので、小さな声で答えました。
「分かりました。そのお金は私が払わせていただきます。」
百合子様は静かにソファに腰かけながら言いました。100万円を払うと言う百合子様を驚きの目で見ながら、元旦那様は話を続けました。
「今すぐですよ? 期限は過ぎていますからね。1日たりとも待てませんから」


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百合子様の帰国

実家に戻った真理恵さんの立場は悲惨でした。
あんなにやさしかったお父さんやお母さんまでもが冷たくて口もきいてくれません。真理恵さんはだんだん1日の大半をおふとんの中で過ごすようになりました。
食事もあまり喉を通らないので、どんどん体が悪くなっていきました。
その時です。長い間ヨーロッパで生活をしていた百合子様が帰って来たのです。今なら飛行機であっという間ですが、その頃は船で海を行き来していましたので日数がたくさんかかりました。

百合子様はやつれた真理恵さんの姿を見るなり強く抱きしめました。あの時よりもなお美しくなった百合子様は眩いばかりです。
「どうしてこんなことに」
変わり果てた真理恵さんの姿に驚きました。何を聞いても泣いてばかりいる真理恵さんに苛立って、百合子様は居間にいるお母さんの所の行きました。
「子どもを産めないからと言って離縁されたのよ。」
真理恵さんのお母さんは今までの胸のつかえを吐き出すようにワーッと泣き崩れました。
それから、幾日かしてある異変に築きました。真理恵さんのお腹のなかに赤ちゃんがいるらしいのです。
「いったい誰の子…?実家に戻ってから1年、一歩も外に出ていないのよ」
真理恵さんのお母さんは真っ青になっていましたが、使用人トメさんの言葉で理由はすぐに分かりました。
離縁した元旦那様が時々お見舞いだと称して真理恵さんの所に来ていたのです。
真理恵さんのお父さんはこの事を、人を介して元旦那様の家に伝えましたが、
『子どもも真理恵の事も当方には一切関係ない』
という冷たい手紙を受け取りました。
百合子様は真理恵さんを心配して兵庫県にある有馬温泉に誘いました。この温泉は百合子様が幼い頃に家族とともによく訪れたところです。
「ねっ、一緒にお風呂に入りましょ。」
まだ体の回復していない真理恵さんをお風呂に誘いましたが、おどおどして、なかなか着物を脱がない真理恵さん。その体を見て、百合子様は凍りつきました。

実家に戻ってからずいぶん経つのに消えない無数の痣。

百合子様は嫁ぎ先で何があったのか悟りました。


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真理恵さんの結婚

「百合子様は家に来ていただくことになったの」
(やっぱり)トモちゃんはそんな気がして頷きました。
「わたしのひいおばあちゃんは百合子様に夢中で…」
エリちゃんはそこで言葉を詰まらせて黙ってしまいました。

―――エリちゃんのひいおばあちゃんの真理恵さんは百合子様が家に引き取られてからはそれこそ一生懸命でした。生活が変わって百合子様が以前の美しい姿に戻られたのはすぐでした。

ピアノを弾く百合子様、木陰で読書なさる百合子様、廊下を優雅に歩く百合子様。百合子様はそこにおられるだけで絵になる方でした。そして真理恵さんに向けられる優しい眼差し。
もう真理恵さんは百合子様に夢中でした。それからしばらくして学校に通うようなったのですが、すぐに百合子様に留学の話が持ち上がりました。
百合子様の弾く美しいピアノの音に留学の費用を出す人が現れたのです。それを真理恵さんは後に知ることになるのですが、まるで侍女のようにかしずく自分の娘の姿に心を痛めて留学資金を出したのは真理恵さんのお父さんだったのです。
真理恵さんのお父さんは貿易商であちらの国にもたくさんの知り合いがいました。百合子様は今でいうホームスティの形でそこから有名なウィーンの音楽学校に通うことになりました。
世はまさに大正時代、長い封建主義の時代から抜け出して人々の心は近代社会へと移行していました。着物から洋服にというように食べ物でも建築でも外国文化がどっと日本に押し寄せてきた時代です。
まあばあちゃんのように時代に取り残されて質素に生きてきた人もいますが、でも百合子様は違いました。
百合子様がウィーンに発った後、真理恵様はとても寂しい生活を送っていました。
もとからおとなしく控えめな性格の真理恵さんにはそれほど友達もいませんでした。ぽかんと穴の空いたような空虚な生活を送っていた真理恵さんでしたが、女学校を出て間もなく縁談が持ち上がりました。
この時代の女の人の婚期は早く、たいていは親の決めた人の所へ行くのが普通でした。真理恵さんも見たこともない男の人の所へ嫁ぐことになりました、でも旦那様になった人はとても優しそうで真理恵さんはほっとしました。
だけど一年経ち、二年経ちしても。子どもが生まれませんでした。
真理恵さんを取り巻く人の目がだんだん変わっていきます。その目に耐えられなくなり真理恵さんは部屋からほとんど出なくなりました。
この頃、赤ちゃんが出来ない女の人の立場はとても弱かったのです。
どんどん体の具合が悪くなっていった真理恵さんはとうとう実家に帰されてしまいました。


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学校の中庭で

放課後、エリちゃんとトモちゃんは中庭にいました。
スポーツクラブでにぎやかな校庭と違いここは静かです。
「そうなの。あの日、深夜の学校に現れたのは百合子様だったの。」
エリちゃんは遠い昔をさかのぼって見るように空の雲に視線を移して言いました。
「私のひいおばあちゃんは美しい百合子様にとっても憧れていたから、あの時みんなの前で抱きついてしまったの。でも、破産って怖いわね。以前の百合子様の面影はなかったそうよ。頬はこけて長くしなやかな髪はゴワゴワ、身なりも汚れて足は裸足だったの。百合子様は家族みんなが亡くなった中で一人生き残って死に場所を探してさまよっていたのね。きっと。百合子様の楽しい思い出はみんな無くなって、あの学校のピアノだけが唯一以前のまま残っている物なんだものね。心の支えだったんだわ。ピアノには優しかったお父さんやお母さんの思い出が詰まっていたと思うの」
エリちゃんはまるで百合子様が乗り移ったみたいに体を固くして話しています。トモちゃんは心配になってきて、エリちゃんの手をそっと握って言いました。
「エリちゃん、もう話はこれぐらいで…」
「ううん。聞いてほしいの…!」
エリちゃんはトモちゃんの手を握り返して言いました。
その時トモちゃんの心に心配そうなまあばあちゃんの顔が浮かんできました。
(おばあちゃんの思った通り百合子様、生きてたよ。良かったね!)



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学校で…

トモちゃんは、朝学校に着くとエリちゃんを見つけて一番に言いました。
「ねぇ、エリちゃん。百合子様の事教えて、うちのおばあちゃん百合子様の事を心配して」
「あら、トモちゃん。おばあちゃんにも話したの」
エリちゃんはとても驚いた様子でした。
「えっ、う、うん。いけなかった? ごめんね、おばあちゃんに言わなければ良かったね」
「ううん、そんなことないよ。私もトモちゃんに聞いてほしいと思って百合子様の事言ったんだもん」
トモちゃんは、エリちゃんの様子からトイレの花子さんや踊り場の幽霊の話とは違って、とても複雑な事情があると感じました。
「エリちゃん、ごめんね。私、百合子様の話を聞くのをやめるね」
「違うの! そうじゃないんよ。私はトモちゃんに聞いてほしいと思ってるんだから」
「エリちゃん、でも…」
「私、トモちゃんに、どこまで話したかしら」
気遣うトモちゃんの言葉を遮るようにエリちゃんは言いました。
「う、うん。ほら、夜、学校からピアノの曲が流れてくるので、一体、誰がと言うことで、エリちゃんのひいばあちゃんと、お父さんと先生で学校にピアノを弾く人を調べに行ったじゃない」
「あっ、そこまで話したのね」
「うん、そうよ。百合子様という美しいお嬢様の家がお父様の事業の失敗で破産したこと、そして、みんなで見張っていた夜の学校に現れたのは、やっぱり百合子様だったの。私、エリちゃんにそこまで聞いて帰ったの。百合子様、家を追われて、その後、一家心中って新聞に載ったでしょう。わたしのおばあちゃん、百合子様の事、すごく心配して、ずっと、百合子様の事ばっかり聞くのよ。」
「優しいおばあちゃんだねぇ」
「うん。すごく優しいよ! 大好きなんだ! うちは共働きで、私はおばあちゃんに育てられたんよ。」
「そう、大事だね」
「うん。大事!」
「さっきは驚いちゃったけど、帰ったらお話してね」
「ありがとう! ごめんね。エリちゃん。このお話、おばあちゃんだけ、ね!」
と、トモちゃんは一気に言いました。



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まあばあちゃんと皇室日記

まあばあちゃんは皇室日記を見るのが大好きです。
日曜日の朝、大泉緑地から帰って来るとトモちゃんが録ってくれた皇室日記を見ていました。天皇陛下と皇后陛下がお二人で仮説住宅に住む東日本震災で被害にあわれた人達を見舞っておられました。天皇陛下ご自身も大きなご病気にあってまだまだ、心配な御体なのに・・・・。被災した人達を優しく気づかわれる神々しいお姿を、まあばあちゃんは、いつもそっと手を合わせて見ています。
「日本には天皇陛下がおられるから、こんなに平和なのよ」
まあばあちゃんは合わせた手になお、力を込めて感謝していました。被災した人達を見舞われた後、イギリスの女王さまの戴冠60周年のお祝いに飛行機に乗って行かれました。まだまだ大変な御体なのに大丈夫なのでしょうか。震災の時にイギリスの人たちに助けて頂いたお礼をおっしゃるためです。
「これほど私たちの事を思って下さってるお方は、他にいないでしょうね」
まあばあちゃんはテレビの中の両陛下のお姿を見て、誰にともなく言いました。トモちゃんも「本当に・・・」と心の中でつぶやいて深く頷きました。
「私たちには、お体を大切になさってくださいと祈るしかないのね」
まあばあちゃんはそう言ってテレビの中の両陛下のお姿にそっと、両手を合わせて祈っていました。あの恐ろしい戦争を経験し、貧しくけなげに生きてきたまあばあちゃんは天皇皇后両陛下の優しいお姿をテレビで見るのが大好きです。
「今日もお元気なお姿を見られて良かった」
まあばあちゃんは、嬉しそうににっこり笑って、そっと言いました。


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大泉緑地バンザイ


大泉緑地はとっても良い所です。近頃のまあばあちゃんの一番のお気に入りの場所です。近くには中央環状線という大きな道路が走っていて側に工場やクリーンセンターがあります。だけど、大泉緑地の中に入ると、そこは別世界。静かで緑豊かな木々が美しく整備されて立ち並んでいます。大きな池や小高い丘もあって、そこ、ここに四季の美しい花々が咲いている花壇がたくさんあります。あの、美しい満開の桜の日からまあばあちゃんは、日曜日になると、トモちゃんに車椅子を押してもらってこの大泉緑地に連れて来てもらうのが一番の楽しみになりました。
まだ大泉緑地にきて間もないのに、
「おはようございます。お元気ですね」
とご夫婦で散歩している人に声をかけて頂いたり、犬を連れている人には「お近くですか、お孫さんと一緒でよろしいですな」とか「いい犬やな」といって、ジロの頭を撫ぜてもらったり。なにやらほのぼのするいい空気があります。人も犬も緑の木々もぜ~んぶよくって、最高の気持ちになります。それが大泉緑地です。それにもうひとつ、とっても嬉しいことは犬を連れて散歩している人がいっぱいいることです。見たことも無い美しい犬、
ボルゾイ、アフガン、むちゃくちゃ可愛い犬、ジャックラッセル、チワワ、プードル、その子達の飼い主さんはまあばあちゃんに「とってもかわいっくて賢いんですよ」と口々におっしゃいます。ジロもいっぱいお友達が出来ました。まあばあちゃんの車椅子に乗ってくる子もいます。いつもまあばあちゃんを独り占めしているジロまでその子に負けまいと甘えてきます。まあばあちゃんはみんなを撫ぜるのに大忙しです、人も犬もこころの中までリフレッシュ出来てそれは素晴らしい所です。まあばあちゃん、次の日曜日もまた、トモちゃんと一緒に来れるといいね。



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大泉緑地の藤棚の下で


「ねぇ、おばあちゃん。それから茂平とお母さんはどうなるの」
「もちろん、幸せになるのよ」
そう言ってまあばあちゃんのお話は終わりました。
「ねぇ、おばあちゃん。私、おばあちゃんの故郷に行ったこと無い。私、おばあちゃんの故郷に行ってみたいわ。茂平さんたちがいたその山を見てみたいわ」
「もう、今はあの頃の面影はないよ。山の中に大きな道路が通って、もう村同士で危なくて行けないとこなんてないよ。」
「そうなんだ」
と、トモちゃんはがっかりしたようにいいました。
「吊ってけ、吊ってけというおばけの話は夜の山の怖さを伝えたものだと思うのよ、おばあちゃんは。明るいうちにお家に帰りましょという事ね。きっと」
まあばあちゃんはそう言うと、にっこり笑ってポンと膝を叩きました。そのとき、トモちゃんの携帯電話が鳴りました。お母さんです。
「どこにいるの」
お母さんの声は少し怒っているみたいです。
「ごめんね、お母さん。おばあちゃんと一緒に大泉緑地の藤棚の所にいるの」
と、トモちゃんはお母さんに返事をしていました。
「どうしたの」
まあばあちゃんが心配そうに尋ねました。いつのまにか時間が過ぎて、お昼前になっていました。
「おばあちゃんごめんね。お母さん達心配してここに来てるんだって」
「あらっ」
まあばあちゃんとトモちゃんは、茂平の話に夢中になっていた自分達がおかしくて、顔を見合わせて笑いました。だめだよ。まあばあちゃん、時間も忘れてお話ししていては、ね。



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堺の町のまあばあちゃん

Author:堺の町のまあばあちゃん
堺の町に住む、ひとりのおばあちゃんのお話です。
住み慣れた町の人々との交流や孫のトモちゃんや犬のジロとの生活を通して力強く生きていく姿を物語に書きたいと思います。 
宜しくお願いします。
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