まあばあちゃんとお豊さん


寒い日が続きますが、
お昼ご飯を食べた後のお散歩は、ほっこり暖かい太陽の光が差してきて、日向ぼっこが出来るような日もあります。
今日はそんな感じの良い日です。
まあばあちゃんは、ジロとミミちゃんを公園に連れてきて、足元で遊ばせています。
小春日和というのでしょうか。のどかでベンチに座っていると、うつらうつらしてくるような穏やかな日です。
「気持ちの良い日ですね。ここ、座らせて頂いてもよろしいですか。」
声をかけてきたのはお豊さんでした。
あまり親しくない人でしたが、お散歩友達のお春ちゃんに、お豊さんのことを聞いてよく知っていました。
あまり良い噂の聞かない人でした。
まあばあちゃんは、
「どうぞ。」
と、言いながら緊張している自分を感じました。
(まあちゃん、あんたの悪口も結構、言われてるから。気ぃ付けや。)
お春ちゃんは、こうも言っていました。
(お豊さんは、嘘つきらしいよ。お豊さんの旦那が言うてるんやから、間違いないよ。)
まあばあちゃんは、お春ちゃんにそう聞かされていました。
お豊さんとこのようにお話をするのは初めてのことです。
少し体を硬くしているまあばあちゃんに、お豊さんは、
「私のこと、杉野さんから、お聞きになっておられるでしょうけど……」
杉野さんというのはお春ちゃんのことです。
「もう四十年ほど前になるでしょうか……。
この町に越してきた頃は、住みよかったです。良い人ばかりでした。
でも私が悪かったのでしょうね。
情けないことに何が原因なのか分からないのですが、いつの頃から嘘つきって、言われるようになってしまって……」
お豊さんの話は続きます。
「主人が杉野さんに、私のことを嘘つきって言っているのを耳にしたこともありました。だから、誰にも信じてもらえず、主人といても心はいつも一人ぼっちだったように思います。……ただ娘と母だけは、いつも私のことを信じてくれました。それだけが救いの人生でした。」
お豊さんの話に、頷くことも出来ずただ黙って聞いていました。
時間が重く流れていきます。

日差しは暖かいのに、
小鳥は楽しそうに、さえずっているのに、
まあばあちゃんには、遠い景色のように見えました。
まるで、時が止まったような錯覚に陥ります。

お豊さんの苦しんでいる心が、
まあばあちゃんに、ひしひしと伝わってきました。

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嘘つきと呼ばれて……


「お豊さん、ひとりで苦しんで来られたんですね。」
まあばあちゃんの言葉に、お豊さんの返事はありませんでした。
ただ低い嗚咽だけが……。
「お豊さん、うんと泣きなさい。今まで抱えてきた辛い思いを全部、泣いて涙で流してしまうのですよ。そうすれば、心が楽になってきますよ。」
まあばあちゃんは、お豊さんの肩に優しく手を置いていいました。お豊さんはコクンコクンと、流れる涙を拭きもせず頷きました。
まあばあちゃんだって、ウソをついたことがあります。
一度や二度ではありません。ついたウソもいろいろです。

物知りのフリをしたり、
夕飯のおかずをちょっと大げさに言ったり、
すごく貧しいのに、馬鹿にされまいと見栄をはってついたウソ。

お豊さんはどんなウソを言ってこんなに苦しんでいるのか分かりませんが、人間同士、一つの歯車の噛み違いが、どんどんずれて、最後には元に戻らなくなってしまうことがあります。
お豊さんは、その歯車の犠牲者かも知れません。
こうして話していると、
いつもお春ちゃんに聞いているお豊さんとは大分違う人のようです。
影でまあばあちゃんの悪口を言っている人のようにはとても思えません。
それどころか、お豊さんの話し方や雰囲気は、穏やかでお話していると暖かな気持ちになります。
まあばあちゃんは、今まで自分勝手にお豊さんのことを誤解していた自分を恥ずかしく思いました。
「私だってこの年まで長々と生きているんです。大きな嘘も小さな嘘も沢山ついてきたと思います。〝嘘も方便″とも言います。嘘にもいろいろあると思うんです。大切な人を守るための嘘もありますし……
もう、心に区切りを付けて、そのことで悩むのはやめにしましょう。」
まあばあちゃんは、お豊さんを励まそうと力強く言いました。
「でも、嘘つきと言われて送る人生は、とても辛いですよ、恥ずかしいことですよ。」
お豊さんは涙をいっぱいためた目で、まあばあちゃんを見つめて、淋しく笑いながら言いました。

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悲しくても…つらくても…


まあばあちゃんは、お豊さんの目をしっかり見つめて、こう言いました。
「でもね、お豊さん。もうそろそろ、その殻を破って、悲しみやつらさと戦わなければなりませんよ。自分の心からは逃げられませんから。それが難しいなら、……今まで言われてきたその言葉を、お豊さんの心の壷に閉じ込めて蓋をしてしまうのはどうですか?」
まあばあちゃんは、お豊さんに『嘘つき』という言葉を使いませんでした。
お豊さんの心にまた傷つけると思ったからです。
人の悲しみやつらさというものは幾通りもあります。お豊さんが『嘘つき』といわれた経緯は分かりませんが、よほどの事だったのでしょう。
四十年もの間苦しんで来たんですものね。
まあばあちゃんの言葉を真摯な面持ちで聞いていたお豊さんは、
「……主人も苦しんでいると思います。事の始まりは私の実家のお金の事でした。お金も無いのに、父が自分の家には貯金が沢山あると言って主人に自慢したらしいのです。私たちはお見合いでしたので、仲人さんのお薦めもあって結婚したのですが、後々、実家にお金が無いことが主人に分かって……。その頃から、毎日のように『騙された、騙された』と、言われるように……」
お豊さんは話すのが苦しそうでした。
今までの苦しかったことをまあばあちゃんにみんな聞いてもらいたい、そんな感じでした。
「それは、苦しかったでしょうね。私たちの時代の人間は、我慢我慢でしたもんね。親や主人の言いなりで、自分の思いなんてありませんでしたから。」
まあばあちゃんには、お豊さんの苦しみが手に取るように分かりました。

まあばあちゃん達の若い頃は、親の言いなり、ご主人の言いなり……自分の気持ちや考えが通ることなどありません。
お豊さんのように実家の負い目で苦しんでいる人は少なくないでしょうね……


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悲しい心に、優しい風が……


「ね、お豊さん。私たちの人生もあと少しです。もう、今日を限りでそのことは忘れましょう……。ほら、楽しい事を考えるのですよ。」
そう言って、まあばあちゃんは、シルバーカーからミカンを二つ出して、お豊さんに1つ渡しました。
「まあ、おいしそうなみかん。」
お豊さんは本当に嬉しそうにニッコリ笑いました。
まあばあちゃんもお豊さんに、つられてニッコリしました。
お豊さんは照れ臭そうに、
「私も、杉野さんのようにまあちゃんとお呼びしてもいいですか。」
「えぇ、えぇ。そのように呼ばれると、私も嬉しいです。何だか若返ったみたいで……。少し恥ずかしい気もしますが。」
まあばあちゃんは、そう言うと、頬を染めて小さく笑いました。
「じゃあ、私もお豊ちゃんとお呼びしてもいいですか。」
いくつになってもお友達が出来るというのは楽しいことです。
「本当ですか。私、今までそういう風に呼ばれたことがないんです。とっても幸せな気持ちです。」
お豊さんの心の中で、(お豊ちゃん、お豊ちゃん)まあばあちゃんに呼ばれる声が響きます。嬉しさで胸の奥がジーンとしてきます。
(友達って、いいな。)
そんな感じです。お豊さんの顔が明るくなってきました。さっきまでとは違って生き生きした感じに見えます。

小春日和の日差しに、爽やかな風がサーッと吹きました。
「いい風ですね。」
お豊さんが、スッキリした顔で言いました。
お豊さんの悲しみは深いけれど、心の持ち方でずいぶんと変わるものです。

(お豊ちゃんの悲しみを、この優しい風がみんな運んでくれますように……。)
まあばあちゃんは祈りました。

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年はいっても……


「お豊ちゃん、おみかん食べましょ。」
不思議ですね。
まあばあちゃん、お豊ちゃんの名前を“ちゃん付け”ですらすら言えました。
遠い昔からの友達だったように、
「お豊ちゃんと呼ばれると幼い頃に戻っていったような気がします。」
と、お豊さんも嬉しそうです。
「なんだか、楽しくなって来ますね。“ちゃん”って付けられると若返った気持ちになってきますね。」
「本当ですね。」
まだ友達になったばかりでぎこちない二人ですが、まあばあちゃんの顔もお豊さんの顔もニコニコしてとても幸せそうです。
いくつになっても友達が出来るって良いものですね。
お豊さんもこれからはまあばあちゃんに、いろいろ話を聞いてもらえるでしょう。
そうすれば、心の負担も少なくなって楽しい時間が多くなるでしょう。
「あら、公園の木の芽、少し膨らんできたように思いません?お豊ちゃん。」
「ほんと! これは桜の木ですね。まあちゃん。」
「そうですよ。お豊ちゃん。春になったら、ここで一緒にお花見しましょうね。」
「えぇ、えぇ! まあちゃん。」
お豊さんは、ほんの少し膨らみかけた小さな小さな桜の若芽をじっと見つめていました。お豊さんの目には美しいピンクの花を満開に咲かせた桜の様子が見えているのかも知れません。
「まあちゃん、私、今とても幸せな気持ちです。これからはもっと自信を持って生きて生きたい。そう思います。話を聞いて頂けて心が軽くなりました。こんなに嬉しかったことはありません」
「良かったですね。お豊ちゃん、」
「ほんとに、まあちゃん。有難うございます。」
お豊さんはそう言って、まあばあちゃんに深々と頭を下げました。
少し日が翳って冷たい風が吹いてきました。ミミちゃんがまあばあちゃんの膝にそばえてきました。さっきまで足元で丸くなって、まあばあちゃんの足を温めていてくれたジロも立ち上がってきました。
「はい、はい、分かりましたよ。」
ジロとミミちゃんは、まあばあちゃんにお家に帰ろうと言っているんです。
「お豊ちゃん。今日は有難うございました。また、お会いしましょうね。」
まあばあちゃんは、ジロとミミちゃんの頭を撫ぜながら、ゆっくりと立ち上がって、お豊さんに、丁寧に」頭を下げました。
「はい、私こそ、有難うございました。」
お豊さんも立って、名残惜しそうに、まあばあちゃんに頭を下げました。
お豊さんに別れを告げて、まあばあちゃんはシルバーカーにミミちゃんを乗せてゆっくり、歩きます。ジロはパタパタと嬉しそうに跳ねながら歩き出します。まあばあちゃんは、振り返って、お豊さんに手を振ります。嬉しそうなお豊さん。
今日も良い日でよかったね。まあばあちゃん。

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Author:堺の町のまあばあちゃん
堺の町に住む、ひとりのおばあちゃんのお話です。
住み慣れた町の人々との交流や孫のトモちゃんや犬のジロとの生活を通して力強く生きていく姿を物語に書きたいと思います。 
宜しくお願いします。
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